辞任を強要された場合の弁護士対応 辞任届を提出する前と提出した後

この記事の位置付け
辞任を強要された場合の弁護士の対応に関するメインのページです。本ページは、役員の解任をめぐるトラブルのうち辞任届を提出する前と提出した後とで採り得る主張をご説明します。解任の手続とリスクの全体は別のページをご参照ください。
▶ 役員の解任について弁護士に依頼するとき 解任された取締役が最初に確認する事項と3か月の期限
同じ主題を扱う関連ページ
役員室に呼ばれ、机の上に辞任届の用紙が置かれていた。署名欄と日付欄だけが空いており、今この場で書いてほしいと言われた。断れば解任の議案を株主総会に出すことになる、そうなれば経歴に残る、と告げられた。持ち帰って検討したいと申し出ても、明日の朝までに返事がほしいと繰り返される。当事務所に寄せられるご相談には、このような場面から始まるものが少なくありません。
会社の側がこの進め方を選ぶのには、はっきりした理由があります。取締役を解任するには株主総会の決議が必要であり、招集の手続も決議の方法も、後から争いの対象となります。これに対し、本人が辞任届を提出したという形が整えば、会社は決議を経ずに退任の登記を申請することができ、後に紛争となった場合にも、本人の意思による退任であったと主張することができます。会社にとって、辞任届は最も費用のかからない解決の手段です。
結論から申し上げます。辞任届は、提出する前であれば断ることができますが、提出した後は、心裡留保又は強迫を主張してその効力を争うほかなく、立証の負担は提出した側が負います。署名を求められた当日に弁護士へご相談いただくことが、採り得る手段を最も広く残す方法です。以下、順にご説明します。
この記事の位置付け
役員の退任をめぐる紛争は、退任の原因が辞任であるか解任であるかによって、その後に立てられる請求がまったく異なります。混同を避けるため、本記事の対象を先に明らかにします。
- 辞任を求められ、又は辞任届を提出してしまった場面……本記事
- 報酬を一方的に減額され、又は支給されなくなった場面……役員の報酬を一方的に減額され又は支給されなくなった場合の弁護士対応
- 解任された後に、保有する株式の処遇が問題となる場面……役員を解任された後に保有する株式はどうなるか
- M&Aの後に退任し、非上場株式だけが残った場面……M&Aの後に役員を退任したが非上場株式だけが残った場合
辞任届は、提出してしまうと取り戻すことが難しい書面です
会社法第330条は、株式会社と役員及び会計監査人との関係は委任に関する規定に従う旨を定めています。したがって、取締役の地位は会社との委任契約に基づくものであり、その終了については民法の委任の規定が適用されます。民法第651条第1項は、委任は各当事者がいつでもその解除をすることができる旨を定めており、辞任は、この規定に基づく解除の意思表示に当たります。
解除の意思表示は、相手方に到達した時点で効力を生じます。辞任届を会社の代表者又は担当者に手渡した時点で、到達があったものとして扱われるのが通常です。会社が受領を拒んだのであれば別ですが、実際にはその場で受け取られますから、提出した瞬間に効力が発生していることになります。会社の同意なく一方的に取り戻すことはできません。
ここで注意を要するのは、辞任の効力と退任の登記とが別の事柄であるという点です。登記がまだされていないから間に合う、という理解は誤りです。登記は既に生じた効力を公示する手続にすぎず、登記が未了であっても、辞任の意思表示が到達していれば取締役の地位は失われています。
辞任と解任とでは、その後の請求がまったく違います
会社法第339条第1項は、役員及び会計監査人は、いつでも株主総会の決議によって解任することができる旨を定め、同条第2項は、解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる旨を定めています。解任という形で退任した場合には、この規定が請求の根拠となります。
これに対し、辞任は、本人が自らの意思で委任を終了させたものと扱われます。自ら終了させた以上、会社の行為によって損害を被ったという構成が成り立ちにくく、会社法第339条第2項の適用を受ける場面ではありません。残存する任期に対応する報酬相当額の請求も、その根拠を失うことになります。
会社の側は、この違いを十分に理解した上で辞任届を求めています。「解任にすると角が立つから」「円満な形にしましょう」という説明は、本人への配慮のようでありながら、賠償請求の根拠を消す提案でもあります。提出を求められた段階で、その意味を正確に把握しておく必要があります。
提出する前に確認する 任期、報酬、保証、貸付金
署名を求められた場面で、その場で確認すべき事項は4つです。第1に任期です。定款に定められた取締役の任期と、登記事項証明書に記載された就任年月日を照らし合わせ、残存期間が何か月あるかを把握します。残存期間が長いほど、辞任によって失われるものは大きくなります。
第2に報酬です。報酬の額を定めた株主総会の議事録、取締役会の議事録又は報酬に関する内規を確認します。第3に個人保証です。会社の金融機関からの借入れについて連帯保証をしている場合、退任したからといって保証契約が当然に終了するわけではありません。保証契約は保証人と金融機関との間の契約であり、会社の役員でなくなったことは、その契約を消滅させる事由ではないためです。
第4に会社に対する貸付金です。役員が会社に資金を貸し付けている例は珍しくありません。借入金の明細、勘定科目内訳明細書、金銭消費貸借契約書を確認し、残高と弁済期を把握します。退任と引換えに、保証の解除と貸付金の返済について合意を取り付けることができれば、辞任という選択にも意味が生じます。何の条件も付さずに署名することだけは避けてください。
強要の事実を、どの資料で残すのか
後日、辞任の効力を争うことになった場合、会社は必ず「本人が自ら申し出た」と主張します。これに反論するためには、署名を求められた時点の状況を示す資料が要ります。実務上有効なのは、その場を離れた直後に作成する記録です。
具体的には、日時、場所、同席していた者の氏名及び役職、告げられた言葉をできる限り原文のまま書き取ったメモを作成します。あわせて、会社の担当者に宛てて電子メールを送り、「本日何時何分に何会議室において、辞任届への署名を求められましたが、内容を検討したく、本日は署名いたしません」と記載しておきます。送信日時の記録が残るため、後から作成された書面ではないことを示すことができます。
差し出された辞任届の用紙そのものも、可能であれば写真に残します。日付欄が空欄のまま署名だけを求められていた場合、その事実は、会社が任意の時点で退任日を作出しようとしていたことをうかがわせる資料となります。反対に、してはならないのは、その場で口頭の合意をしてしまうことと、後日提出すると約束することです。約束したこと自体が、自らの意思による退任の裏付けとして使われます。
既に提出してしまった場合に採り得る主張
提出してしまった後に効力を争う手段は、大きく2つです。第1は、民法第93条第1項ただし書に基づく主張です。同項は、意思表示は表意者がその真意ではないことを知ってしたときであってもその効力を妨げられないとしつつ、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効とする旨を定めています。会社の側が、辞任の意思がないことを認識しながら署名させた事情を示すことになります。
第2は、民法第96条第1項に基づく主張です。同項は、詐欺又は強迫による意思表示は取り消すことができる旨を定めています。強迫として認められるためには、害悪を告げられたことにより畏怖し、その畏怖に基づいて意思表示をしたという経過が必要です。単に不利益な見通しを説明されただけでは足りません。長時間にわたり退室を許されなかった、複数名に取り囲まれていた、家族の勤務先に伝えると告げられたといった事情の有無が、判断を分けます。
いずれの主張も、立証の負担は提出した側にあります。前章で述べた記録が残っているかどうかで、見通しは大きく変わります。
登記が済んだ後の是正の方法
退任の登記が完了していても、辞任の意思表示が無効であり、又は取り消されたのであれば、取締役の地位は失われていません。会社法第908条第1項は、この法律の規定により登記すべき事項は登記の後でなければ善意の第三者に対抗することができず、登記の後であっても第三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときも同様である旨を定めています。登記は事実を公示するものであって、事実そのものを作り出すものではありません。
是正の順序は次のとおりです。まず会社に対し、辞任の意思表示の無効又は取消しを通知し、退任の登記の更正又は抹消の申請を求めます。会社がこれに応じない場合には、取締役の地位の確認を求める訴えを提起し、その勝訴の確定判決に基づいて登記の是正を進めることになります。
なお、商業登記法第24条は、登記官が申請を却下しなければならない事由を定めており、同条第9号は、登記すべき事項につき無効又は取消しの原因があるときを掲げています。もっとも、登記官は提出された書面の形式を審査するにとどまりますので、辞任届の体裁が整っている限り、申請の段階でこの規定により食い止めることは実際には期待できません。争う場は裁判所となります。
辞任の後に残る株式と、その取扱い
役員としての地位と、株主としての地位は、まったく別のものです。辞任によって取締役ではなくなっても、保有している株式は当然には失われません。会社に返還する義務もありません。定款に「退任した者は株式を会社に譲り渡さなければならない」といった定めが置かれていることがありますが、株主の意思によらずに株式を取り上げる効力までは認められないのが通常です。
ただし、辞任という原因の場合、解任された場合と異なり、会社に対する損害賠償請求権を交渉の材料として用いることができません。株式の買取りについては、価格の協議を単独で進めることになります。退任の後に残る株式の扱いについては、原因ごとに検討の順序が異なりますので、役員を解任された後に保有する株式はどうなるか及びM&Aの後に役員を退任したが非上場株式だけが残った場合をご覧ください。
なぜ会社は解任ではなく辞任を求めるのか
第1の理由は、費用です。解任には株主総会の招集が必要であり、招集通知の発送、議事録の作成、登記の申請といった手続を踏まなければなりません。辞任届が1通あれば、これらの多くを省くことができます。
第2の理由は、賠償の回避です。会社法第339条第2項による請求を封じることができれば、残存任期に対応する金額の支出を避けられます。会社にとっては、この点が最も大きな動機です。
第3の理由は、対外的な説明です。取引先、金融機関及び従業員に対しては、「一身上の都合により退任した」と説明する方が、内紛の存在を推測されにくくなります。逆にいえば、辞任という形を強く求めてくる会社ほど、解任の決議を通す自信がないか、通した場合に生ずる賠償を懸念していることになります。求められている側が思うより、交渉の余地は残されています。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
提出前の段階では、署名を拒む旨の通知の作成と発送、会社との連絡窓口の引受け、保存すべき資料の指示、退任と引換えに求める条件の整理をお任せいただけます。窓口を弁護士に移すこと自体が、その場での署名を迫る圧力を止める効果を持ちます。
提出後の段階では、無効又は取消しの通知、取締役の地位の確認を求める訴えの提起、職務の執行を妨げられている場合の仮処分の申立て、登記の是正の手続を進めます。
ご依頼の時期は、辞任届の用紙を示された当日が最も適切です。署名を保留したままご相談いただければ、選択肢は残ります。既に提出してしまった場合であっても、当時の状況を記憶している間に着手する方が、証拠の収集は容易です。数か月を経てからでは、同席者の記憶も社内の記録も失われがちです。
いま確認していただきたいこと
辞任届にまだ署名していない皆様は、次の4点を今日のうちに確認してください。定款上の任期と登記事項証明書の就任年月日、直近の株主総会議事録に記載された報酬の額、金融機関との間の保証契約の有無と極度額、会社に対する貸付金の残高です。
既に署名して提出してしまった皆様は、次の3点を確認してください。提出した日と、その日に誰から何を告げられたか。手元に控えが残っているか。登記事項証明書を取得し、退任の登記が既にされているか否か。
いずれの場合も、会社に対して「考え直します」「やはり続けます」といった曖昧な連絡をすることは避けてください。会社の主張を補強する材料になり得ます。連絡の内容は、書面にする前にご相談ください。
よくあるご質問
辞任届を提出した翌日に撤回すると伝えれば、元に戻りますか
会社が同意すれば、改めて選任の手続を経ることで取締役に復帰することはできます。しかし、会社の同意がない限り、撤回によって当然に元に戻ることはありません。委任の解除の意思表示は、到達によって効力を生じているためです。争う場合には、無効又は取消しの主張によることになります。
日付欄が空欄の辞任届に署名しました。日付は会社が自由に入れてよいのですか
本人が日付の記入を委ねる意思であったといえるかどうかによります。委ねていないのに会社が任意の日付を記入したのであれば、その日付による退任の効力は争う余地があります。署名の直後に、日付を空欄のまま渡した事実を記録に残しておいてください。
辞任を断ったところ、解任の議案を出すと言われました。断ってよいのでしょうか
解任の決議がされた場合には、正当な理由がなければ会社法第339条第2項による損害賠償の請求が可能となります。辞任すればこの請求はできません。断ることが不利になるとは限りません。
取締役を辞任すると、会社の借入れの保証も外れますか
外れません。保証契約は保証人と金融機関との間の契約であり、役員の地位を失ったことは終了の事由になりません。金融機関との交渉、又は後任者への差替えが別途必要です。退任に際して、この点を会社に確約させておくことが重要です。
会社から、辞任すれば役員退職慰労金を出すと言われています
口頭の約束にとどめず、支給の額、支給の時期、支給の決議を行う株主総会の開催時期を書面に明記させてください。書面がないまま辞任した後に支給を受けられなかったというご相談は、たびたび寄せられます。
おわりに
辞任届は、たった1通の書面でありながら、その後に立てられる請求のほとんどを左右します。署名の前と後とでは、採り得る手段の幅がまったく異なります。強く求められている状況では冷静な判断が難しくなりますが、その場で結論を出す必要はありません。持ち帰ること自体は、何ら義務違反ではありません。
既に提出してしまった場合でも、直ちに諦める必要はありません。当時の状況を示す資料が残っていれば、争う余地はあります。まずは事実関係を整理させてください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
辞任の強要に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 民法(明治29年法律第89号)第93条第1項、第96条第1項、第651条第1項
- 会社法(平成17年法律第86号)第330条、第339条第1項及び第2項、第908条第1項
- 商業登記法(昭和38年法律第125号)第24条(特に第9号)
- e-Gov法令検索(デジタル庁) 法令の条文の確認に用いています。
具体的なご相談をお考えの皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次のご案内のページに整理しています。あわせてご覧ください。


