M&Aの後に役員を退任したが非上場株式だけが残った場合

創業した会社の株式の8割を買主に譲渡し、引継ぎのために2年間は取締役として残る約束で調印した。1年半が過ぎたころ、買主から派遣された新しい社長に「もう体制が整いましたので」と告げられ、任期の満了とともに再任されなかった。手元に残ったのは、譲渡しなかった2割の株式だけです。配当の連絡はなく、決算の内容も知らされません。当事務所には、こうしたご相談が年を追って増えています。

M&Aの交渉では、価格と譲渡の割合に議論が集中し、譲渡しなかった株式をその後どう扱うかは、後日の協議事項として先送りされがちです。買主にとって、経営権を握った後の少数株式は、急いで買い取る必要のないものです。売主にとっては、換金することも、経営に関与することもできない資産が残ることになります。この非対称が、退任の後に表面化します。

結論から申し上げます。残った非上場株式は、放置している限り価値が実現しない資産であり、買主が交渉に応じる動機を持つのは、株主としての権利を現実に行使したときです。まず契約書の買取りの定めを確認し、次に権利の行使に着手することが順序となります。以下、順にご説明します。

この記事の位置付け

退任の後に株式が残る場面は複数ありますが、退任の原因が何であったかによって、交渉の相手方も、用いることができる材料も異なります。本記事の対象を先に明らかにします。

会社との縁が切れても、株主の地位だけが残ります

取締役の地位は、任期の満了、辞任又は解任によって終了します。これに対し、株主の地位は、株式を譲渡するか、会社が適法に取得するまで続きます。M&Aの後に退任した場合、この2つの地位が時間をおいて切り離されることになります。

実務上の問題は、退任と同時に情報の流れが完全に止まることです。取締役であった間は、取締役会の資料も月次の試算表も手元に届いていました。退任の翌日からは、これらが一切届かなくなります。ところが、株式を保有している以上、会社の業績は保有資産の価値に直結します。判断の材料を失ったまま資産だけを持ち続ける状態が生じます。

もう一つの問題は、買主の側が、この状態を不都合と考えていないことです。少数株主が情報を持たなければ、価格の交渉において主張の根拠を欠くことになります。退任後の最初の数か月をどう使うかが、その後の交渉の成否を分けます。

残った株式で行使することができる権利と、できないこと

会社法第105条第1項は、株主は、その有する株式につき、剰余金の配当を受ける権利、残余財産の分配を受ける権利及び株主総会における議決権その他この法律の規定により認められた権利を有する旨を定めています。持株比率が2割であっても、これらの権利は失われません。

できることとしては、株主総会に出席して議決権を行使すること、議事の内容について質問すること、計算書類及びその附属明細書の閲覧を求めること、そして持株比率の要件を満たす場合には会計帳簿の閲覧を請求することが挙げられます。会社法第433条第1項は、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主又は発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主は、会社の営業時間内はいつでも、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写を請求することができる旨を定めています。この場合には、請求の理由を明らかにしなければなりません。

できないこととしては、買主に対して株式の買取りを当然に請求すること、配当を実施するよう強制すること、及び役員の選任について自らの意向を通すことが挙げられます。持株比率が過半数に満たない以上、決議の結果を左右することはできません。ここを取り違えると、交渉の設計を誤ります。用いることができるのは、決定権ではなく、情報を得る権利と、手続に関与する権利です。

契約に買取りの定めがあるかを先に確認します

最初に確認すべきは、法律ではなく契約です。M&Aの際に締結した株式譲渡契約書、株主間契約書、覚書及び付属の合意書をすべて集め、次の条項の有無を確認してください。

第1に、残存株式の買取請求権に関する条項です。一定の期日の到来又は一定の事由の発生を条件として、売主が買主に対して残りの株式の買取りを請求することができる旨の定めが置かれていることがあります。第2に、その反対の、買主が売主に対して売渡しを請求することができる旨の条項です。第3に、価格の算定方法に関する条項です。純資産額を基準とするのか、利益の一定倍数を基準とするのか、第三者の評価によるのかが定められていることがあります。第4に、譲渡の制限に関する条項、すなわち第三者への譲渡について買主の事前の同意を要する旨の定めです。

これらの条項が存在するのであれば、交渉はその条項の解釈と手続の履行の問題になります。条項が存在しない場合、又は「別途協議する」とのみ記載されている場合には、会社法上の手続を検討することになります。なお、在任期間の約束が契約書に定められていた場合には、その約束の不履行を理由とする請求が別に成り立つことがあります。契約書の全ページを確認せずに交渉を始めることは避けてください。

会社に買い取らせる場合の手続と財源の制約

買主との交渉が進まない場合、会社自身に株式を買い取らせる方法があります。会社法第155条は、会社が自己の株式を取得することができる場合を列挙しており、その第3号は、次条第1項の決議があった場合を掲げています。

その会社法第156条第1項は、会社が株主との合意により自己の株式を有償で取得するには、あらかじめ株主総会の決議によって、取得する株式の数、取得と引換えに交付する金銭等の内容及びその総額、並びに株式を取得することができる期間を定めなければならない旨を規定しています。この期間は1年を超えることができません。さらに、特定の株主から取得する場合には、会社法第160条第1項により、その旨を同じ株主総会の決議によって定めることになります。この決議は、出席した株主の議決権の3分の2以上に当たる多数を要する特別の決議です。

ここで2つの制約が働きます。第1に、会社法第160条第4項は、特定の株主として定められた者は、その株主総会において議決権を行使することができない旨を定めています。買取りを求める側が自ら賛成票を投じることはできません。第2に、会社法第461条第1項は、同項各号に掲げる行為により株主に交付する金銭等の帳簿価額の総額は、その行為の効力を生ずる日における分配可能額を超えてはならない旨を定めており、自己株式の取得もこれに含まれます。会社に十分な分配可能額がなければ、決議があっても実行できません。この財源の確認を先に行わないと、交渉は空転します。

買主又は新しい経営陣と交渉する場合の順序

交渉は、次の順序で組み立てるのが有効です。第1段階は、情報の確保です。計算書類、附属明細書、及び会計帳簿の閲覧を請求し、直近の業績と分配可能額を把握します。価格の主張は、この段階を経なければ組み立てられません。

第2段階は、契約上の請求権の行使です。買取請求権の条項があれば、これを行使する旨の書面を発します。条項がない場合には、譲渡制限株式であることを前提に、第三者への譲渡について会社の承認を求める請求を行うことになります。会社法第136条は、譲渡制限株式の株主は、これを他人に譲り渡そうとするときは、会社に対し、その者が取得することについて承認をするか否かの決定を請求することができる旨を定めています。

第3段階は、価格の交渉です。買主の側は、非上場株式であること、少数株式であることを理由に、大幅な減額を主張してくるのが通例です。これに対しては、M&Aの際の1株当たりの譲渡価格、その後の業績の推移、及び純資産の増加を対置します。同じ会社の株式について、買主自身がかつて支払った価格が存在することは、交渉における強い材料となります。避けるべきは、情報を得ないまま最初の提示額に反応してしまうことです。

価格の折合いがつかないときに用いることができる申立て

協議が調わない場合には、裁判所の手続を用いることになります。譲渡制限株式について会社が譲渡を承認しない場合、会社は会社法第140条第1項によりその株式を買い取らなければならず、又は指定買取人を指定することになります。その際の売買価格について、会社法第144条第1項は、会社と譲渡等承認請求者との協議によって定める旨を規定しています。

そして会社法第144条第2項は、会社又は譲渡等承認請求者は、会社法第141条第1項の規定による通知があった日から20日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができる旨を定めています。この20日という期間は極めて短く、経過すると、同条第5項により、1株当たり純資産額に対象株式の数を乗じて得た額が売買価格となります。純資産額を基準とする価格が実際の企業価値を下回る場合には、期間内に申立てを行うかどうかが結論を左右します。

また、買主が全部取得条項付種類株式を用いて少数株主を締め出す手続に着手した場合には、会社法第172条第1項により、一定の株主は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、取得の価格の決定の申立てをすることができます。いずれの手続も、期間の起算点は会社からの通知です。会社からの郵便物を開封せずに置いておくことだけは避けてください。

配当も情報も得られない状態を放置する不利益

第1の不利益は、価値の目減りです。買主が役員報酬、業務委託料、グループ会社への支払といった形で利益を吸い上げる方針を採った場合、剰余金は積み上がりません。配当も行われず、株価の算定の基礎となる利益も残らない状態が続きます。

第2の不利益は、期間の経過による立証の困難です。M&Aの当時の価格算定の資料、事業計画、デュー・ディリジェンスの報告書は、時間が経つほど散逸します。買主の側の資料は買主が保管していますので、こちらの手元の資料が失われることは、そのまま交渉力の低下を意味します。

第3の不利益は、相続の問題です。換金できない非上場株式が相続財産に含まれると、評価額に応じた相続税の負担だけが生じ、納税資金は得られないという事態が起こり得ます。ご自身の代のうちに整理しておくことが望まれます。

なぜ買主は、少数株式の買取りを後回しにするのか

第1の理由は、資金の効率です。経営権は既に取得しており、追加の支出をしても議決権は増えません。買主にとって、残りの株式の取得は、事業上の必要から生ずるものではなく、いつでもよい支出です。

第2の理由は、価格の低下を待つ姿勢です。時間が経てば、売主の側の事情、たとえば納税、相続、生活資金の必要が生じ、価格の譲歩を引き出しやすくなります。交渉を急がないこと自体が、買主にとっての戦術となります。

第3の理由は、会計上の扱いです。少数株主が残っていても、連結の対象とすることに支障はなく、決算上の不都合は生じません。したがって、放置しても買主は困りません。困るのは売主だけです。この構造を踏まえると、待っていれば買主から声が掛かるという期待は現実的ではありません。株主としての権利を行使し、買主にとって放置することの負担が生ずる状態を作ることが、交渉を動かす方法となります。

弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期

お任せいただける範囲は、次のとおりです。株式譲渡契約書及び株主間契約書の精読と請求権の洗い出し、計算書類の閲覧の請求、会計帳簿の閲覧の請求書の作成と発送、買主に対する買取りの申入れ、価格の主張の組立て、譲渡の承認の請求、売買価格の決定の申立て、及び会社の分配可能額の確認です。

価格の算定については、公認会計士又は税理士と連携して進めます。純資産方式、収益還元方式、類似する会社の比較による方式のいずれを基礎とするかによって金額は大きく変わりますので、主張の方針を早い段階で定めておく必要があります。

ご依頼の時期は、退任が決まった時点、遅くとも退任の直後です。この時期であれば、在任中に入手していた資料が手元にあり、社内の状況も把握できています。退任から数年が経過してからのご依頼でも対応は可能ですが、資料の再取得から始めることになり、時間と費用が増えます。なお、会社から通知が届いてからのご相談では、20日の期間に間に合わないことがあります。通知を受け取った日のうちにご連絡ください。

いま確認していただきたいこと

第1に、契約書の確認です。株式譲渡契約書、株主間契約書、覚書、及び役員としての委任契約書を、別紙も含めてすべて揃えてください。特に、買取りの条項、価格の算定方法の条項、譲渡の制限の条項、及び在任期間に関する条項の有無を確認します。

第2に、持株比率の確認です。株主名簿の記載、及び直近の登記事項証明書により、発行済株式の総数とご自身の保有株式数を確認してください。100分の3以上であるかどうかが、会計帳簿の閲覧の請求ができるかどうかの分かれ目です。

第3に、会社からの郵便物の確認です。株主総会の招集通知、自己株式の取得に関する通知、全部取得条項付種類株式の取得に関する通知は、いずれも期間の起算点となります。開封していない封書がある場合には、直ちに内容をご確認ください。

よくあるご質問

買主から、株式を無償で返還するよう求められています。応じる義務はありますか

ありません。株式は財産権であり、契約上の根拠なく無償で移転する義務は生じません。M&Aの契約書に売渡しの条項が置かれている場合であっても、価格の定めがあるのが通常です。書面での回答をする前に、契約書をご持参の上でご相談ください。

持株比率が100分の3に満たない場合、会計帳簿を見ることはできませんか

会社法第433条第1項による請求はできません。もっとも、計算書類及びその附属明細書の閲覧は、持株比率にかかわらず請求することができます。まずはこちらから着手し、必要に応じて他の少数株主と共同して要件を満たす方法を検討します。

会社に利益が出ているのに配当がされません。配当を求めることはできますか

剰余金の配当は株主総会の決議事項ですので、少数株主が単独で実施を強制することはできません。ただし、株主総会において配当に関する議案の提案を行い、質問を通じて方針を明らかにさせることはできます。無配の理由の説明を記録に残すこと自体が、価格の交渉において意味を持ちます。

M&Aのときの1株当たりの価格で買い取ってもらえますか

当然にその価格となるわけではありません。経営権の移転を伴う譲渡と、少数株式の譲渡とでは、評価の前提が異なるためです。もっとも、当時の価格は交渉の出発点として有力な資料となります。あわせて、その後の純資産の増減を示す資料を揃えることが重要です。

買主が交渉に一切応じません。訴訟以外に方法はありませんか

まず株主としての権利を実際に行使することが有効です。会計帳簿の閲覧の請求、株主総会での質問、議案の提案が続けば、買主の側にも対応の負担が生じます。交渉が動き出す例は少なくありません。

おわりに

M&Aの後に残った少数株式は、時間の経過によって自然に解決することがありません。買主には急ぐ理由がなく、売主だけが待ち続けることになります。この状態を動かすには、株主としての権利を行使し、価格の主張の基礎となる情報を手元に集めることが必要です。

契約書の1条項の有無、持株比率が100分の3を超えるかどうか、会社の分配可能額がいくらかという事実の確認から、進め方は具体的に定まります。まずは手元の契約書をお持ちください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

M&Aの後に残った非上場株式に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

出典

  • 会社法(平成17年法律第86号)第105条第1項、第136条、第140条第1項、第141条第1項、第144条第1項、第2項及び第5項、第155条第3号、第156条第1項、第160条第1項及び第4項、第172条第1項、第433条第1項、第461条第1項
  • e-Gov法令検索(デジタル庁) 法令の条文の確認に用いています。

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