辞任届を出した後に撤回できるのか

辞任届を出した後に撤回できるのか

辞任の意思表示が会社に到達した後は、原則として一方的に撤回することはできないと考えられております。もっとも、そもそも辞任の意思がなかった場合や、錯誤又は強迫により意思表示をした場合には、これを争う余地がございます。本記事では、撤回の可否と、争う場合の手順を整理いたします。

 結論 到達の後は原則として撤回できません

整理は、次のとおりです。

場面 取扱い
会社に到達する前 撤回することができると解されております
会社に到達した後 一方的に撤回することはできないのが原則でございます
会社が撤回に同意した場合 合意により辞任の効果を生じさせないこととする余地がございます
辞任の意思がなかった場合 意思表示の不存在を主張する余地がございます
錯誤による場合 取消しを主張する余地がございます(民法第95条第1項)
強迫による場合 取消しを主張する余地がございます(民法第96条第1項)

いずれの主張も、事実関係の立証が要となります。署名を求められた経緯を早期に記録化してください。

 辞任の意思表示の効力

 到達により効力を生ずること

株式会社と役員との関係は、委任に関する規定に従うものとされております(会社法第330条)。委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができますので(民法第651条第1項)、役員はいつでも辞任することができます。

意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずるものとされております(民法第97条第1項)。したがって、辞任届が会社に到達した時点で、辞任の効力が生ずることになります。

 誰に到達すれば足りるか

辞任の意思表示の相手方は、原則として会社でございます。実務上は、代表取締役に対して提出することが一般的でございます。辞任届の宛先が空欄である場合には、誰に対して意思表示がされたのかが争点となる余地がございます。

 撤回を主張し得る場合

 辞任の意思がなかった場合

署名した書面が辞任届であることを認識していなかった場合には、そもそも辞任の意思表示がないことを主張する余地がございます。もっとも、署名がある以上、この主張は容易には認められません。

書面の標題、記載の内容、署名を求められた状況を、具体的に主張することが必要でございます。

 錯誤による取消し

意思表示は、法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要な錯誤に基づくものであった場合には、取り消すことができます(民法第95条第1項)。たとえば、退職金が支払われるとの説明を前提として署名したところ、これが事実と異なっていた場合が考えられます。

もっとも、動機に関する錯誤については、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたことが必要とされております。

 強迫による取消し

強迫による意思表示は、取り消すことができます(民法第96条第1項)。もっとも、退任を求める発言があったというだけでは、強迫と評価されるとは限りません。害悪の告知の内容、告知の態様、その場の状況が問われます。

 取消権の期間

取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅いたします。行為の時から20年を経過したときも、同様でございます(民法第126条)。

 辞任と解任とで異なる帰結

解任について正当な理由がないときは、解任された役員は会社に対して損害の賠償を請求することができます(会社法第339条第1項・第2項)。他方、自ら辞任した場合には、この請求は原則としてできません。

会社が解任ではなく辞任という形式を求めるのは、この差異によるところが大きいと考えられます。署名を求められた段階で応じないことが、最も確実な対応でございます。

 撤回を求める場合の手順

順序 内容
第1 署名した書面の写しの交付を会社に求めます
第2 辞任の意思がないこと、又は取消しを主張する旨を、書面により通知します
第3 配達の記録が残る方法により送付し、写しを保管します
第4 登記事項証明書により、退任の登記の有無及び年月日を確認します
第5 登記がされている場合には、地位の確認を求める手続を検討します

会社は、登記事項に変更が生じたときは2週間以内に変更の登記をしなければなりませんので(会社法第915条第1項)、登記は速やかに行われることが少なくありません。通知は早いほど有利でございます。

 後任が選任されていない場合

役員が欠けることとなる場合には、辞任により退任した役員が、新たに選任された役員が就任するまで、なお役員としての権利義務を有することがございます(会社法第346条第1項)。この場合、退任の登記は直ちにはされません。

よくあるご質問

質問1 会社が撤回に同意すれば元に戻りますか。

合意により辞任の効果を生じさせないこととする余地がございます。合意の内容は、必ず書面により明らかにしてください。

質問2 辞任届の写しを持っておりません。

会社に対して交付を求めてください。応じない場合には、求めた事実を記録に残すことが実務上の対応となります。

質問3 その場の空気で署名してしまいました。

そのような事情のみで強迫が認められるとは限りません。具体的な発言の内容及び状況を記録化してください。

質問4 登記が済んでしまいました。

登記の記載を直接に取り消す簡便な手続はございませんので、地位の確認を求める手続を検討することになります。

質問5 どのくらい早く動く必要がありますか。

時の経過は不利に働きます。署名した直後にご相談いただくことが最も望ましいと考えております。

 確認事項の一覧

確認事項 確認の方法
署名した書面の内容 写し。手元にない場合は記憶の記録化
提出の日及び相手方 自らの記録、電子メール
署名を求められた状況 同席者の記憶、録音、電子メール
説明された条件 書面、電子メール、録音
退任の登記の有無 登記事項証明書
後任の選任の有無 登記事項証明書

署名の前にご相談いただくことが最善でございます。署名の後であっても、早期であれば採り得る手段が残ります。

本記事における非開示事項について

辞任の意思がないことを明らかにする書面の記載の程度、錯誤又は強迫を主張する場合の事実の選び方、地位の確認を求める手続の選択は、署名に至る経緯及び資料の状況により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、役員の解任に関するご相談をお受けしております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
  • ご相談は事前予約制です

弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

本記事の根拠条文

会社法 第330条(株式会社と役員との関係)、第339条第1項・第2項(役員の解任及び損害賠償)、第346条第1項(役員が欠けた場合の措置)、第915条第1項(変更の登記)

民法 第93条第1項(心裡留保)、第95条第1項(錯誤)、第96条第1項(詐欺又は強迫)、第97条第1項(意思表示の効力発生の時期)、第126条(取消権の期間の制限)、第651条第1項(委任の解除)

判例法理による部分 辞任の意思表示の撤回の可否及び強迫の有無の判断については、判例法理によります。個別の事案における適用は、事実関係により異なります。

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