競業避止義務の定めが再就職に与える制約

競業避止義務の定めが再就職に与える制約

解任された後に同業の会社に就職し、又は自ら事業を始めようとする場合、競業を避ける義務の定めが問題となります。在任中の義務は会社法に定めがございますが、退任した後の義務は、契約に定めがなければ原則として生じません。本記事では、契約による定めの効力の判断の枠組みと、実務上の対応を整理いたします。

 結論 退任後の義務は契約の定めによります

整理は、次のとおりです。

時期 義務の根拠 内容
在任中 会社法第356条第1項第1号 自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をするには、株主総会又は取締役会の承認を要します
在任中 会社法第355条 会社のため忠実にその職務を行う義務を負います
退任後 契約の定め 定めがなければ、原則として競業を避ける義務は生じません
退任後 不正競争防止法 営業秘密の不正な使用等は、定めの有無にかかわらず制限されます

したがって、まず契約に競業を避ける旨の定めがあるかを確認することが出発点となります。

 在任中の義務

 競業取引の制限

取締役は、自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、株主総会において当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません(会社法第356条第1項第1号)。取締役会設置会社においては、取締役会の承認によります(会社法第365条第1項)。

承認を得ずに競業取引を行った場合には、当該取引によって取締役又は第三者が得た利益の額が、会社に生じた損害の額と推定されます(会社法第423条第2項)。

 退任の直前の行為

退任を予定している役員が、在任中に従業員又は取引先に対して働きかけを行った場合には、在任中の忠実義務の違反が問題となります。退任した後の行為であっても、在任中の準備行為が問われる余地がございますので、時期の区別が重要でございます。

 退任後の定めの効力

 判断の枠組み

退任した後に競業を避ける旨の定めは、職業を選択する自由を制約するものでございますので、その内容が合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反するものとして効力が否定される余地がございます(民法第90条)。

効力の判断においては、おおむね次の要素が考慮されるものと考えられております。

要素 内容
守るべき利益 会社に営業秘密その他の保護に値する利益があるか
期間 制約の期間が必要な範囲にとどまっているか
地域 制約の及ぶ地域が限定されているか
職種及び業務の範囲 制約の対象となる行為が特定されているか
代償の措置 制約に見合う対価が支払われているか
当事者の地位 役員としての地位及び関与の程度

これらは総合的に判断されるものでございますので、いずれか一つのみによって結論が決まるものではございません。

 株式譲渡に伴う定めの特徴

株式の譲渡に伴って売主に課される競業を避ける義務は、譲渡の対価に事業の価値が反映されていることを前提とするものでございます。したがって、雇用に伴う定めと比較して、より広い制約が許容される傾向にあると考えられております。

もっとも、期間及び範囲が著しく広い場合には、なお効力が制限される余地がございます。

 営業秘密との関係

競業を避ける旨の定めがない場合であっても、営業秘密を不正に使用し、又は開示する行為は、不正競争防止法により制限されております。営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいいます(不正競争防止法第2条第6項)。

これに該当する情報を不正に用いた場合には、差止めの請求(同法第3条)及び損害の賠償の請求(同法第4条)を受ける余地がございます。顧客の名簿、仕入れの条件、原価の情報等は、管理の状況によりこれに該当し得ます。

 違反を主張された場合の対応

第一に、定めの文言を確認し、自らの行為が制約の対象に当たるかを検討いたします。業種の記載が抽象的である場合には、対象に当たらないと主張する余地がございます。

第二に、定めの効力を争うことを検討いたします。期間、地域、範囲及び代償の措置の有無を整理し、合理的な範囲を超えることを主張することになります。

第三に、違約金の定めがある場合には、その額の相当性を検討いたします。損害賠償の額を予定する定めは有効でございますが(民法第420条第1項)、著しく過大である場合には効力が制限される余地がございます。

 再就職に先立って行うべき確認

確認事項 内容
契約の定めの有無 株式譲渡契約書、就任時の誓約書、退任時の合意書
制約の期間 始期及び終期
制約の地域及び業種 文言の具体性
代償の措置 顧問料その他の対価の有無
持ち出した資料の有無 会社の資料を保有していないか
従業員への働きかけの有無 勧誘を行っていないか

会社の資料を保有したまま再就職することは、営業秘密に関する紛争を招きやすくなります。退任に際して、会社の資料を返還し、その記録を残すことをお勧めいたします。

よくあるご質問

質問1 誓約書に署名した記憶がありません。

会社に対して写しの交付を求めてください。署名の有無及び内容を確認しないまま行動することは避けるべきでございます。

質問2 解任されたのに義務だけ残るのですか。

契約に定めがある場合には、解任されたことにより当然に消滅するものではありません。もっとも、解任の経緯は、定めの効力の判断において考慮される余地がございます。

質問3 同業ではあるが顧客が重ならない場合はどうですか。

定めの文言によります。事業の部類に属する取引という基準が用いられている場合には、顧客の重複がなくとも対象となり得ます。

質問4 従業員から一緒に移りたいと言われました。

自ら勧誘したのではなく、従業員が自発的に申し出た場合であっても、経緯の立証が問題となります。やり取りの記録を残してください。

質問5 違反した場合にどのような請求を受けますか。

差止めの請求、損害の賠償の請求、違約金の請求が考えられます。いずれも定めの内容及び事実関係により異なります。

 確認事項の一覧

確認事項 確認の方法
競業を避ける旨の定め 株式譲渡契約書、誓約書、退任時の合意書
制約の期間、地域及び範囲 同上
代償の措置 顧問契約書、振込みの記録
在任中の行為の時期 電子メール、面談の記録
会社の資料の保有の状況 自らの保管の確認
営業秘密の管理の状況 会社の規程、資料の表示

再就職の前に定めの内容を確認しておくことで、後の紛争を大きく減らすことができます。行動に移る前にご相談ください。

本記事における非開示事項について

競業を避ける旨の定めの効力を争う場合の主張の組み立て、制約の対象に当たらないと主張する場合の構成、営業秘密に関する主張への反論の方法は、定めの文言及び事実関係により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、役員の解任に関するご相談をお受けしております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
  • ご相談は事前予約制です

弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

本記事の根拠条文

会社法 第330条(株式会社と役員との関係)、第355条(忠実義務)、第356条第1項第1号(競業取引の制限)、第365条第1項(取締役会設置会社における競業取引)、第423条第1項・第2項(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

民法 第90条(公序良俗)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第420条第1項(賠償額の予定)、第644条(受任者の注意義務)、第709条(不法行為による損害賠償)

不正競争防止法 第2条第6項(営業秘密)、第3条(差止請求権)、第4条(損害賠償)

判例法理による部分 退任後の競業を避ける旨の定めの有効性の判断の枠組みについては、判例法理によります。個別の事案における適用は、事実関係により異なります。

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