会社に貸し付けた資金を退任の後に回収する方法

会社に貸し付けた資金を退任の後に回収する方法

中小の同族会社では、資金繰りの必要から、経営者が個人の資金を会社に入れることが日常的に行われています。「役員借入金」として計上されているものがこれに当たります。ところが、紛争を伴って役員を退いた後、この貸付金の返済を求めると、会社が争う姿勢を示すことがあります。本記事では、貸付金を回収する方法を整理します。当事務所は役員の側にも会社の側にも立ちますが、本記事は回収を求める側の方に向けたものです。

 結論 まず「債権として存在すること」を固めます

貸付金の回収は、次の3段階で進みます。

段階 内容
第1 貸付けの事実及び残高を確定します
第2 返還の時期を確定し、履行を求めます
第3 任意に応じない場合には、訴訟及び回収の手続を検討します

第1の段階が最も重要です。会社の計算書類に「役員借入金」等として計上されている場合には、その計上自体が有力な資料となります。他方、契約書がないことが多いため、貸付けの事実そのものが争われることがあります。

 貸付けの事実の立証

 用いる資料

資料 示し得る事項
計算書類(貸借対照表) 役員借入金その他の科目としての計上及び金額
勘定科目内訳明細書 借入先ごとの内訳
法人税申告書及びその添付書類 計上の継続
総勘定元帳 個別の入金の記録
本人の預金通帳 会社への送金の記録
会社の預金通帳 入金の記録
金銭消費貸借契約書 存在する場合には最も直接的な資料
借用証書、念書 同上
取締役会議事録 借入れの決議がある場合
顧問税理士が作成した資料 残高の確認

計算書類における計上は、会社自身が債務の存在を認識していたことを示すものとして、有力です。株主又は債権者は、計算書類等の閲覧等を請求することができます(会社法第442条第3項)。また、議決権の100分の3以上を有する株主は、会計帳簿等の閲覧謄写を請求することができます(会社法第433条第1項)。

 会社の反論

会社の反論 検討の視点
貸付けではなく出資である 計算書類の計上、資本金の額、株式の発行の有無
贈与である 贈与の意思表示の有無、税務上の取扱い
既に返済済みである 返済の記録の有無
役員報酬の未払と相殺されている 相殺の意思表示の有無、要件の充足
会社の資金を私的に流用した分と相殺する 損害賠償請求権の存否
時効により消滅している 起算点及び承認の有無

「出資である」との反論は、株式の発行の記録及び資本金の額により検証することができます。「返済済み」との反論は、返済の記録により検証します。

 返還の時期と履行の請求

 返還の時期の定めがない場合

当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができるものとされています(民法第591条第1項)。したがって、返還の時期の定めがない場合には、相当の期間を定めた催告を行うことにより、返還を求めることになります。

「相当の期間」がどの程度かは、金額、会社の資金の状況等により異なります。実務上は、一定の期間を定めて書面により催告するのが通常です。

 返還の時期の定めがある場合

契約書等により返還の時期が定められている場合には、その期限の到来により返還を請求することができます。

 遅延損害金

金銭債務の不履行については、債権者は損害の証明をすることを要せず、遅延損害金を請求することができます(民法第419条第1項及び第2項)。法定利率は年3パーセントとされ、3年ごとに見直されるものとされています(民法第404条)。約定利率が定められている場合には、これによります。

 消滅時効

債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。

返還の時期の定めがない消費貸借については、起算点をいつと考えるかが問題となります。貸付けの時に権利を行使することができる状態にあったと考えるか、催告により相当の期間が経過した時と考えるかにより、結論が異なり得ます。

もっとも、実務上重要なのは、次の点です。

事情 時効への影響
計算書類に継続して計上されている 債務の承認と評価される余地があります(民法第152条第1項)
決算書の承認を株主総会で行っている 同上
一部の返済を受けた 承認と評価される余地があります
会社が「いずれ返す」と述べた 同上

会社の計算書類に役員借入金として毎期計上され、その計算書類が承認されている場合には、債務の承認があったと評価される余地があります。この点は、貸付けから長期間が経過している事案において重要です。

 回収の手続

手続 内容 根拠
任意の請求 書面により返還を求めます 民法第591条第1項
支払督促の申立て 簡易な手続により債務名義を得ます 民事訴訟法の定めによります
訴訟の提起 判決により債務名義を得ます 民事訴訟法の定めによります
仮差押え 判決の前に会社の財産を保全します 民事保全法第20条第1項
強制執行 債務名義に基づき回収します 民事執行法の定めによります
財産開示の手続 会社の財産の状況を明らかにさせます 民事執行法の定めによります
第三者からの情報取得の手続 預貯金等に関する情報を取得します 民事執行法の定めによります

 仮差押えの検討

会社が資産を処分し、又は他へ移転させるおそれがある場合には、仮差押えを検討します。仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができるものとされています(民事保全法第20条第1項)。

紛争を伴う退任の場合、会社が資産の処分を進める例がありますので、この点の検討が必要となる場合があります。

 他の項目との整理

貸付金は、他の項目と併せて整理されることが通常です。

項目 貸付金との関係
会社の借入れの個人保証 保証を履行した場合の求償権と併せて整理します
役員退職慰労金 双方を併せて協議することがあります
未払又は減額された役員報酬 同上
保有する株式 株式の譲渡と併せて協議することがあります
会社に賃貸している不動産 賃料の未払がある場合には併せて整理します
会社からの損害賠償の請求 相殺の主張がされることがあります

会社が退任した役員に対して損害賠償を請求し、貸付金との相殺を主張することがあります。この場合、損害賠償請求権の存否が併せて争点となります。

 案件で確認すべき事項

番号 確認事項 資料
1 貸付けの時期、金額、回数 預金通帳、総勘定元帳
2 契約書の有無 金銭消費貸借契約書
3 計算書類における計上 貸借対照表、勘定科目内訳明細書
4 返済の実績 預金通帳
5 返還の時期の定め 契約書
6 利息の定め 契約書
7 会社の財務状況及び資産 計算書類、不動産の登記事項証明書
8 会社の反論の内容 往復の書面
9 他の役員からの借入れの有無 勘定科目内訳明細書
10 相続が生じている場合の承継 相続に関する資料

先代の経営者が会社に貸し付けたまま死亡した場合、貸付金は相続の対象となります(民法第896条)。相続人が複数である場合の権利の行使の方法についても、整理が必要です。

 弁護士にご相談いただく意味

貸付金の回収は、債権としては単純な構造ですが、紛争を伴う退任の場面では、会社が様々な反論を組み立ててきます。また、会社に資力がなければ、判決を得ても現実の回収に至りません。したがって、会社の財産の状況の把握と、保全の手続の検討が並行して必要となります。

弁護士は、退任した役員の代理人として、貸付けの事実の確定、資料の入手、返還の請求、時効の管理、保全の手続、訴訟の遂行、強制執行までを行います。あわせて、個人保証、退職慰労金、株式といった他の項目との整理も行います。

なお、請求の時期、保全の手続を用いるかどうかの判断、他の項目との組合せ方は、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 契約書がありません。回収できますか。

計算書類における計上、預金の記録、総勘定元帳等により貸付けの事実を立証することが考えられます。会社が計算書類に役員借入金として計上している場合には、有力な資料となります。

質問2 20年以上前に貸したものです。時効ではありませんか。

計算書類に継続して計上され、その計算書類が承認されている場合には、債務の承認があったと評価される余地があります(民法第152条第1項)。一律に判断することはできませんので、資料を確認したうえで検討いたします。

質問3 会社に資金がないと言われています。

計算書類、不動産の登記事項証明書等により、会社の財産の状況を確認します。資産の処分のおそれがある場合には、仮差押えを検討します。

質問4 会社から損害賠償を請求され、相殺すると言われました。

損害賠償請求権の存否及び額が争点となります。相殺の要件の充足を含めて検討することになります。

質問5 退職慰労金と一緒に解決したほうがよいですか。

一体的な解決が早期の決着につながる事案もありますが、常にそうとは限りません。項目ごとの見通し、資料の状況、時効の状況を踏まえて判断すべき事項です。

本記事における非開示事項について

請求の時期、保全の手続を用いるかどうかの判断、他の項目との組合せ方は、会社の財務状況、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、退任に伴う貸付金及び個人保証に関するご相談をお受けしております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
  • ご相談は事前予約制です

ご相談に際しましては、金銭消費貸借契約書、預金通帳の写し、計算書類、勘定科目内訳明細書、登記事項証明書、会社との往復の書面をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしております。課税関係については税理士にご確認ください。

本記事の根拠条文

民法 第152条第1項(承認による時効の更新)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第404条(法定利率)、第415条(債務不履行による損害賠償)、第419条第1項・第2項(金銭債務の特則)、第505条(相殺の要件)、第587条(消費貸借)、第591条第1項(返還の時期)、第896条(相続の一般的効力)

会社法 第330条(株式会社と役員との関係)、第433条第1項(会計帳簿等の閲覧謄写の請求)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)

民事保全法 第20条第1項(仮差押命令の必要性)

制度名により記述する部分 支払督促、強制執行、財産開示の手続及び第三者からの情報取得の手続については、民事訴訟法及び民事執行法の定めによります。個別の条項は事案に応じて確認いたします。

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