紛争を伴う退任の後に個人保証を外すための交渉

紛争を伴う退任の後に個人保証を外すための交渉
「解任されたのに、会社の借入れの連帯保証人のままです」「銀行に相談したところ、会社と後任の代表者の同意が必要だと言われました」「会社は保証を外すことに協力しません」。役員を退いた後に残る個人保証は、金額が大きく、切迫度の高い問題です。
本記事では、紛争を伴う退任の場合に、個人保証を外すための交渉を整理します。円満な事業承継又はM&Aに伴う保証の解除については、当法人が運営する別の情報提供のページにおいても取り扱っております。当事務所は役員の側にも会社の側にも立ちますが、本記事は地位を争う側の方に向けたものです。
結論 退任によって保証が当然に消滅することはありません
役員を退いたことによって、会社の借入れについての個人保証が当然に消滅するものではありません。保証は、保証人と債権者(金融機関等)との間の契約です(民法第446条第1項)。会社の役員であるかどうかは、保証契約の当事者の関係とは別の事柄です。
したがって、保証を外すためには、次のいずれかが必要となります。
| 方法 | 必要となる当事者の関与 |
|---|---|
| 債権者による保証契約の解除又は免除 | 債権者の同意 |
| 保証人の交代 | 債権者の同意、新たな保証人 |
| 主たる債務の弁済 | 会社による弁済 |
| 借換えによる保証契約の終了 | 債権者、会社 |
| 担保の差替え | 債権者の同意 |
いずれの方法も、債権者である金融機関の同意が不可欠です。会社が協力するだけでは足りず、金融機関が応じなければ保証は残ります。ここが、この問題の難しさです。
保証の内容の確認
まず、自らがどのような保証を負っているかを正確に把握する必要があります。
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 保証契約の相手方 | 金融機関、取引先、リース会社、信用保証協会等 |
| 保証の対象 | 特定の借入れか、継続的な取引から生ずる債務か |
| 根保証か否か | 極度額の定めの有無、元本確定期日 |
| 連帯保証か否か | 催告の抗弁及び検索の抗弁の有無(民法第454条) |
| 保証の額 | 現在の主たる債務の残高 |
| 他の保証人の有無 | 共同保証人の存否 |
| 担保の有無 | 不動産その他の物的担保 |
| 保証契約の締結の時期 | 適用される法令の確認 |
一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約であって保証人が法人でないもの(個人根保証契約)は、極度額を定めなければ、その効力を生じないものとされています(民法第465条の2第2項)。
また、事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約等については、契約の締結に先立ち、公正証書で保証債務を履行する意思を表示していなければ効力を生じないものとされています(民法第465条の6第1項)。もっとも、主たる債務者が法人である場合のその理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者等については、この規定は適用しないものとされています(民法第465条の9)。役員として保証をした場合には、この適用除外に当たるのが通常です。
金融機関との協議
経営者保証に関するガイドライン
経営者保証に関するガイドラインは、法令ではなく、自主的な準則として策定されたものです。事業承継の場面等において、前の経営者の保証の解除の検討を求める考え方が示されています。
ガイドラインは法的な強制力を有するものではありませんが、金融機関との協議において参照されることがあります。もっとも、紛争を伴う退任の場合には、会社の側が協力しないことが多く、円満な事業承継の場合に比べて協議が難しくなります。
金融機関が重視する点
| 金融機関が重視する点 | 退任した役員の立場からの検討 |
|---|---|
| 会社の財務の状況 | 退任後の会社の業績、債務の返済の状況 |
| 後任の経営者による保証の有無 | 後任者が保証に応じるか |
| 会社と経営者との資産及び経理の区分 | 従前の運用の状況 |
| 会社の返済の履行の状況 | 延滞の有無 |
| 保証を外した場合の債権の保全 | 物的担保の有無、他の保証人 |
退任した役員としては、これらの点について会社の状況を把握したうえで、金融機関との協議に臨むことになります。しかし、退任した後は会社の財務情報へのアクセスが制限されますので、この点自体が課題となります。
会社が協力しない場合
会社が保証の解除に協力しない理由としては、次のものが考えられます。
- 後任の経営者が新たに保証をすることを避けたい
- 保証が外れることにより金融機関の対応が厳しくなることを避けたい
- 退任した役員に対する交渉上の圧力として保証を残しておきたい
最後の点は、実際に見られます。保証が残っていることは、退任した役員にとって重い負担ですので、他の交渉(退職慰労金、株式、貸付金)における立場を弱めます。
この場合、退任した役員としては、金融機関に対して直接に協議を申し入れることを検討します。保証契約は、保証人と債権者との間の契約ですので、会社を介さずに債権者と協議すること自体は可能です。もっとも、金融機関が会社の意向を確認せずに保証を外すことは、実際には多くありません。
保証を外せない場合の備え
保証を外すことが直ちに実現しない場合には、次の備えを検討します。
| 備え | 内容 |
|---|---|
| 会社の財務状況の把握 | 株主である場合には計算書類等の閲覧等(会社法第442条第3項)、会計帳簿等の閲覧謄写の請求(会社法第433条第1項) |
| 保証の履行に備えた資産の把握 | 自らの資産の状況の整理 |
| 求償権の確保 | 保証を履行した場合の求償の準備 |
| 会社に対する債権との関係の整理 | 貸付金との相殺の可否 |
| 事前求償権の検討 | 主たる債務者の委託を受けた保証人の事前求償(民法第460条) |
| 他の共同保証人との関係 | 負担部分の整理 |
求償権
主たる債務者の委託を受けて保証をした者が、主たる債務者に代わって弁済その他自己の財産をもって債務を消滅させる行為をしたときは、主たる債務者に対し、そのために支出した財産の額について求償権を有するものとされています(民法第459条第1項)。
弁済期前に債務の消滅行為をした場合の求償権については、別の規律が置かれています(民法第459条の2)。また、主たる債務者の委託を受けないで保証をした者の求償権については、さらに別の規律が置かれています(民法第462条)。
事前求償権
保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、一定の事由があるときは、主たる債務者に対して、あらかじめ求償権を行使することができるものとされています(民法第460条)。要件は限定されていますが、検討の余地があります。
他の項目との一体的な整理
紛争を伴う退任の場合、個人保証だけを切り離して解決することは難しく、次の項目と併せて整理することになります。
| 項目 | 個人保証との関係 |
|---|---|
| 会社に対する貸付金 | 保証を履行した場合の求償権と併せて整理します |
| 役員退職慰労金 | 支給と保証の解除とを併せて協議することがあります |
| 未払又は減額された役員報酬 | 同上 |
| 保有する株式 | 株式の譲渡と併せて協議することがあります |
| 会社に賃貸している不動産 | 担保に供されている場合には整理が必要です |
| 地位に関する争い | 争いが継続している間は保証の解除が進みにくい面があります |
地位に関する争いを継続しながら保証の解除を求めることには、現実の難しさがあります。他方、保証を外すことを優先して地位に関する主張を早期に放棄すると、他の項目における立場を失うことになります。この兼ね合いの判断が、この類型の要点です。
案件で確認すべき事項
| 番号 | 確認事項 | 資料 |
|---|---|---|
| 1 | 保証契約の内容 | 保証契約書、金銭消費貸借契約書 |
| 2 | 主たる債務の残高 | 返済予定表、残高証明書 |
| 3 | 根保証の極度額及び元本確定期日 | 契約書 |
| 4 | 他の保証人及び物的担保 | 契約書、不動産の登記事項証明書 |
| 5 | 信用保証協会の保証の有無 | 契約書 |
| 6 | 会社の財務状況 | 計算書類 |
| 7 | 退任の時期及び態様 | 登記事項証明書 |
| 8 | 会社に対する貸付金の残高 | 金銭消費貸借契約書、預金の記録 |
| 9 | 自らが提供している担保 | 不動産の登記事項証明書 |
| 10 | 金融機関との従前のやりとり | 記録 |
自宅の不動産が会社の借入れの担保に供されている場合には、保証の問題に加えて、担保の解除という問題が生じます。この場合、生活の基盤に直接に関わりますので、優先度が高くなります。
弁護士にご相談いただく意味
個人保証の問題は、当事者が3者(退任した役員、会社、金融機関)にわたるため、二者間の交渉では解決しません。また、会社との紛争が継続している状況では、会社の協力を得ることが難しくなります。
弁護士は、退任した役員の代理人として、保証の内容の確定、金融機関との協議、会社に対する求め、他の項目と併せた全体の整理、保証を履行した場合の求償の準備を行います。
なお、金融機関との協議の進め方、会社に対する求めの時期、他の項目との組合せ方は、会社の財務状況、金融機関の対応、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 退任すれば保証も自動的に外れるのではないのですか。
外れません。保証は保証人と債権者との間の契約であり、役員であるかどうかとは別の事柄です。保証を外すには債権者の同意が必要です。
質問2 銀行に直接申し入れてよいですか。
保証契約は保証人と債権者との間の契約ですので、債権者と協議すること自体は可能です。もっとも、金融機関が会社の意向を確認せずに保証を外すことは、実際には多くありません。
質問3 会社が協力しません。強制する方法はありますか。
会社に対して保証の解除への協力を法的に強制する一般的な制度はありません。退任の際の合意において解除への協力が定められている場合には、その履行を求めることになります。
質問4 保証を履行した場合、会社に請求できますか。
主たる債務者の委託を受けて保証をした者が債務を消滅させる行為をしたときは、主たる債務者に対し求償権を有するものとされています(民法第459条第1項)。もっとも、会社に資力がなければ現実の回収は困難です。
質問5 根保証の場合、退任後の借入れにも責任を負いますか。
個人根保証契約においては、極度額の定めが必要とされ(民法第465条の2第2項)、また元本確定に関する規律が置かれています。契約の内容及び元本確定事由の有無を確認する必要があります。
質問6 自宅が担保に入っています。
保証の問題に加えて、担保の解除という問題が生じます。生活の基盤に直接に関わりますので、優先して検討すべき事項です。
質問7 経営者保証に関するガイドラインで外せますか。
ガイドラインは法令ではなく、自主的な準則です。協議において参照されることがありますが、法的な強制力を有するものではありません。紛争を伴う退任の場合には、円満な事業承継の場合に比べて協議が難しくなります。
保証の解除に向けた協議の枠組み
| 当事者 | 協議の対象 | 留意点 |
|---|---|---|
| 金融機関 | 保証の解除、保証人の交代、担保の差替え | 最終的な判断は金融機関が行います |
| 会社 | 後任者による保証、借換え、返済の計画 | 紛争がある場合には協力を得にくくなります |
| 後任の経営者 | 新たな保証の引受け | 個人としての判断を要します |
| 信用保証協会 | 保証付の借入れにおける取扱い | 別の手続を要する場合があります |
3者以上が関与するため、いずれか一つが欠けると進みません。したがって、退任の条件を協議する段階で、保証の解除を条件の一つとして明示しておくことが望ましいといえます。既に退任している場合には、他の項目との関係の中で位置付けることになります。
退任の条件を協議する場合の項目表
紛争を伴う退任において、金銭及び権利関係を一覧にして協議する場合の項目は、次のとおりです。
| 項目 | 確定すべき内容 |
|---|---|
| 役員退職慰労金 | 支給の有無、金額、支払の時期及び方法 |
| 未払又は減額された役員報酬 | 精算の額及び時期 |
| 会社に対する貸付金 | 残高の確認、返済の時期及び方法 |
| 会社の借入れの個人保証 | 解除の時期、解除に向けた会社の協力義務 |
| 自らが提供している担保 | 解除の時期 |
| 保有する株式 | 保有の継続又は譲渡、譲渡の場合の価格及び時期 |
| 会社に賃貸している不動産 | 賃貸借の継続又は終了、条件 |
| 社宅、社用車 | 明渡し又は使用の継続の時期 |
| 競業避止に関する約束 | 範囲、期間、対価の有無 |
| 対外的な説明 | 退任の理由の表示 |
| 清算条項 | 範囲、除外する項目 |
清算条項の範囲は、特に注意を要します。個人保証の解除が完了していない段階で包括的な清算条項に応じると、後に問題が生じます。除外すべき項目を明示することが重要です。
相談の際に整理していただきたい事項
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 保証している債務の一覧 | 債権者、借入れの時期、当初の額、現在の残高 |
| 保証の種類 | 特定の債務の保証か、根保証か |
| 担保の提供 | 自宅その他の不動産を提供しているか |
| 退任の時期及び態様 | 登記事項証明書 |
| 会社の財務状況 | 直近の計算書類 |
| 会社に対する貸付金 | 残高 |
| 金融機関とのやりとり | 従前の説明の内容 |
保証している債務が複数の金融機関にわたる場合には、それぞれについて条件が異なります。一覧にして整理することが、協議の出発点となります。
なお、保証の解除の交渉は、退任の直後が最も進めやすく、時間が経過するほど会社の協力を得にくくなる傾向があります。会社の側から見れば、退任した者の保証が残っていることに不都合がないためです。したがって、退任が避けられない状況となった段階で、保証の解除を条件の一つとして早期に提示しておくことが有用です。
本記事における非開示事項について
金融機関との協議の進め方、会社に対する求めの時期、他の項目との組合せ方は、会社の財務状況、金融機関の対応、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、退任に伴う個人保証及び貸付金に関するご相談をお受けしております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。
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ご相談に際しましては、保証契約書、金銭消費貸借契約書、返済予定表、登記事項証明書、担保に供している不動産の登記事項証明書、金融機関とのやりとりの記録をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしております。
本記事の根拠条文
民法 第446条第1項(保証人の責任)、第454条(連帯保証の場合の特則)、第459条第1項(委託を受けた保証人の求償権)、第459条の2(委託を受けた保証人が弁済期前に債務の消滅行為をした場合の求償権)、第460条(委託を受けた保証人の事前の求償権)、第462条(委託を受けない保証人の求償権)、第465条の2第2項(個人根保証契約の極度額)、第465条の6第1項(公正証書の作成と保証の効力)、第465条の9(公正証書の作成と保証の効力に関する規定の適用除外)、第587条(消費貸借)、第591条第1項(返還の時期)、第166条第1項(債権等の消滅時効)
会社法 第330条(株式会社と役員との関係)、第339条第1項(役員の解任)、第433条第1項(会計帳簿等の閲覧謄写の請求)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)
法令でない準則 経営者保証に関するガイドラインは、法令ではなく自主的な準則です。法的な強制力を有するものではありません。
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