一夜にして役員を入れ替えられた場合に地位を回復する手順

一夜にして役員を入れ替えられた場合に地位を回復する手順
「昨日まで代表取締役でしたが、今朝の登記を見たら別の者が代表取締役になっていました」「知らない間に臨時株主総会が開かれ、自分を含む3名が解任されたことになっています」「会社に行くと、鍵が変わっていました」。こうした事態が現実に生じます。
本記事では、突然に役員を入れ替えられた場合に、地位を回復するための手順を整理します。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っております。本記事は、地位を争う側の方に向けたものです。
結論 初動の速さが結果を左右します
この類型では、時間の経過とともに既成事実が積み重なります。新たな代表者による取引が行われ、金融機関の届出が変更され、従業員及び取引先への説明が進みます。これらが進行するほど、地位の回復は事実上困難となります。
したがって、次の順序で進めることになります。
| 段階 | 期間の目安 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 直ちに | 登記の確認、事実関係の把握、資料の確保 |
| 第2段階 | 数日以内 | 会社及び関係者に対する通知、決議の効力を争う方針の決定 |
| 第3段階 | 数週間以内 | 保全の手続の申立て、訴えの提起の準備 |
| 第4段階 | 3か月以内 | 決議取消しの訴えの提起(期間の制限があります) |
決議取消しの訴えには、決議の日から3か月という期間の制限があります(会社法第831条第1項)。この期間は、最も重要な期限です。
第1段階 事実関係の把握
登記の確認
履歴事項全部証明書を取得し、次の点を確認します。
| 確認事項 | 着眼点 |
|---|---|
| 自らの退任又は解任の登記 | 原因(解任か辞任か任期満了か)、年月日 |
| 新たに就任した役員 | 氏名、就任の年月日 |
| 代表取締役の変更 | 誰が代表権を有することとなったか |
| 本店の移転 | 移転がされていないか |
| 定款に関わる登記事項の変更 | 機関設計の変更、株式に関する定めの変更 |
| 登記の申請の日 | 決議の日との関係 |
登記の原因として「解任」と記録されている場合と「辞任」と記録されている場合とでは、争い方が異なります。「辞任」と記録されているにもかかわらず辞任の意思表示をしていない場合には、関連記事において取り扱っている類型となります。
決議の内容の確認
株主総会議事録及び取締役会議事録の閲覧謄写を請求します。
| 議事録 | 請求権者 | 根拠 |
|---|---|---|
| 株主総会議事録 | 株主及び債権者 | 会社法第318条第4項 |
| 取締役会議事録 | 株主(裁判所の許可を要する場合があります)、取締役 | 会社法第371条 |
なお、取締役の地位が争われている場合、会社は「既に取締役ではない」として閲覧を拒むことがあります。株主でもある場合には、株主としての請求を用いることになります。
資料の確保
社内の情報システムへのアクセスが遮断される前に、可能な範囲で資料を確保します。既に遮断されている場合には、手元の資料、個人の端末に残る記録、外部との往復の書面を整理します。
第2段階 通知と方針の決定
会社に対する通知
会社に対し、書面により、次の事項を通知します。
- 解任又は退任の効力を争う意思があること
- 決議の効力を争う根拠(現時点で判明している範囲)
- 議事録その他の資料の開示を求めること
- 会社の重要な物(実印、通帳等)の保全を求めること
この通知は、後の主張の起点となります。配達の記録が残る方法により送付します。
方針の決定
| 方針 | 内容 | 適する場面 |
|---|---|---|
| 地位の回復を目指す | 決議の効力を争い、地位の確認を求めます | 議決権の分布に照らして回復の見込みがある場合 |
| 金銭による解決を目指す | 損害賠償、退職慰労金、株式の買取り等 | 議決権の多数を相手方が握っている場合 |
| 併行して進める | 決議の効力を争いつつ、条件の協議を行う | 多くの事案 |
議決権の多数を相手方が確定的に握っている場合、決議の効力を争って勝訴しても、改めて適法な手続により解任される可能性があります。この点を踏まえた方針の設定が必要です。
第3段階 保全の手続
職務の執行を停止する仮処分
新たに選任された役員の職務の執行を停止し、その職務を代行する者を選任する仮処分を求めることが考えられます。争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときは、仮の地位を定める仮処分命令を発することができるものとされています(民事保全法第23条第2項)。
この仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ発することができないものとされています(同条第4項。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでないとされています)。
仮処分命令が発せられた場合等には、その旨の登記がされることになります(会社法第917条)。職務を代行する者は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除き、会社の常務に属しない行為をするには裁判所の許可を得なければならないものとされています(会社法第352条第1項)。
仮処分の効果と限界
| 効果 | 内容 |
|---|---|
| 新代表者の職務の執行が停止されます | 会社の意思決定が事実上停止します |
| 登記に記録されます | 対外的に争いがあることが明らかになります |
| 職務を代行する者が選任されます | 常務の範囲で会社の運営が継続されます |
もっとも、要件は厳格であり、疎明の程度も高いものが求められます。また、担保の提供を求められるのが通常です。さらに、会社の運営が停止することによる影響も考慮する必要があります。
第4段階 訴えの提起
| 訴え | 事由 | 期間の制限 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 決議取消しの訴え | 招集手続又は決議方法の法令定款違反等 | 決議の日から3か月 | 会社法第831条第1項 |
| 決議不存在確認の訴え | 決議が存在しないこと | ありません | 会社法第830条第1項 |
| 決議無効確認の訴え | 決議の内容の法令違反 | ありません | 会社法第830条第2項 |
| 地位の確認を求める訴え | 取締役又は代表取締役の地位 | ありません | 一般の確認の訴え |
| 損害賠償の請求 | 正当な理由のない解任 | 消滅時効によります | 会社法第339条第2項 |
突然の役員の入替えが行われた事案では、招集の手続に瑕疵があることが多く、決議取消しの訴え又は決議不存在確認の訴えが中心となります。
取締役会の決議(代表取締役の解職及び選定)については、会社法は取消しの訴えの制度を置いていませんので、決議が無効であることを前提として地位の確認等を求めることになります。
会社の物及び対外的な関係
会社の重要な物
会社の実印、印鑑カード、預金通帳、登記識別情報等が持ち去られている場合の対応については、関連記事において取り扱っております。
新代表者が行った取引
登記上、代表権を有する者として記録されている者が行った取引については、対外的にはその効力が認められるのが原則です。会社法の規定により登記すべき事項は、登記の後でなければ善意の第三者に対抗することができないものとされ(会社法第908条第1項)、また、故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができないものとされています(同条第2項)。
さらに、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対して責任を負うものとされています(会社法第354条)。
したがって、個別の取引の効力を争うことは容易ではありません。この点は、関連記事において取り扱っております。
従業員及び取引先への説明
対外的な説明の在り方については、慎重な検討を要します。不正確な説明は、後に責任を問われる材料となり得ます。この点は、関連記事において取り扱っております。
案件で確認すべき事項
| 番号 | 確認事項 | 資料 |
|---|---|---|
| 1 | 決議の日及び登記の日 | 履歴事項全部証明書、議事録 |
| 2 | 招集通知の有無、方法、時期 | 通知書、記録 |
| 3 | 総会の現実の開催の有無 | 記録、関係者の所在 |
| 4 | 議決権を行使した者及び株式数 | 議事録、株主名簿 |
| 5 | 自らの議決権の割合 | 株主名簿、法人税申告書別表二 |
| 6 | 定款上の決議の要件 | 定款 |
| 7 | 取締役会の決議の経過 | 取締役会議事録 |
| 8 | 会社の重要な物の所在 | 現物の確認 |
| 9 | 新代表者が行った行為 | 登記、取引の記録 |
| 10 | 個人保証及び貸付金の状況 | 契約書 |
弁護士にご相談いただく意味
この類型では、相手方が周到に準備したうえで実行に及んでいることが通常です。したがって、対応する側は、限られた時間の中で、事実関係の把握、方針の決定、手続の選択を同時に行う必要があります。
また、地位の回復を目指すのか、金銭による解決を目指すのかという方針の決定は、議決権の分布という客観的な事情に基づいて行うべきものです。感情に基づく判断は、結果として双方の損失を大きくします。
弁護士は、地位を争う役員の代理人として、事実関係の確定、資料の入手、決議の効力に関する主張の構成、保全の手続の申立て、訴えの提起、交渉、対外的な対応の助言を行います。あわせて、報酬、退職慰労金、個人保証、貸付金、株式といった付随する問題を一体として整理いたします。
なお、手続を用いる順序及び時期、方針の決定の考え方、交渉の進め方は、株主構成、取締役会の構成、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示しておりません。
当事務所は、役員の解任及び経営権をめぐる紛争を継続して取り扱っており、会社の側の代理人となる案件も引き受けております。相手方がどのような手順を想定しているかを承知していることが、地位を争う側の代理人としての作業にも生きております。
よくあるご質問
質問1 まず何をすればよいですか。
履歴事項全部証明書を取得し、決議の日と登記の日を確認してください。そのうえで、手元の資料を確保し、直ちにご相談ください。決議取消しの訴えには決議の日から3か月という期間の制限があります。
質問2 株主総会が開かれた覚えがありません。
決議不存在確認の訴えを検討し得ます(会社法第830条第1項)。この訴えには期間の制限がありません。もっとも、株主全員の同意による決議の省略(会社法第319条第1項)が主張される場合には、その要件の充足を検討することになります。
質問3 仮処分を申し立てれば、すぐに会社に戻れますか。
仮の地位を定める仮処分は、要件が厳格であり、疎明の程度も高いものが求められます。また、相手方が立ち会うことができる審尋の期日を経るのが原則ですので、一定の時間を要します。
質問4 相手方が議決権の過半数を持っています。争う意味はありますか。
決議の効力を争って勝訴しても、改めて適法な手続により解任される可能性があります。他方、手続の瑕疵を指摘することにより、交渉の前提が変わることがあります。また、正当な理由がない解任については損害賠償を請求し得ます(会社法第339条第2項)。方針の決定は、これらを踏まえて行うことになります。
質問5 会社の鍵が変わり、中に入れません。
建物への立入りの可否は、地位の帰趨とも関連します。この点は、関連記事において取り扱っております。まず、立入りを拒まれた事実を記録に残してください。
質問6 新しい代表者が銀行の届出を変更しています。
登記上、代表権を有する者として記録されている以上、金融機関がこれに従うことは避けられません。地位の回復を求める手続と並行して、仮処分による職務の執行の停止を検討することになります。
質問7 従業員から連絡が来ますが、どう答えればよいですか。
対外的な説明の内容は、後に責任を問われる材料となり得ます。事実に基づき、争いがあることを述べるにとどめるのが基本です。具体的な対応については、ご相談ください。
方針の決定に用いる判断の材料
| 材料 | 内容 | 地位の回復に向く場合 |
|---|---|---|
| 議決権の分布 | 自らの議決権の割合 | 過半数に近い場合 |
| 名義株式の存否 | 実質的な帰属を争い得るか | 争い得る株式が相当数ある場合 |
| 手続の瑕疵の程度 | 不存在に至るか、取消しの事由にとどまるか | 瑕疵が重大な場合 |
| 任期の残り | 回復した場合に在任し得る期間 | 残任期間が長い場合 |
| 事業の状況 | 自らの関与が事業に不可欠か | 取引先及び従業員の支持がある場合 |
| 資金の状況 | 手続に要する費用の負担 | 負担が可能な場合 |
| 他の法律関係 | 個人保証、貸付金、株式 | 一体的な解決を要する場合 |
これらを総合して方針を決定します。感情に基づいて「必ず取り戻す」と決めることも、「もう関わりたくない」と決めることも、いずれも結果として不利益を生じさせることがあります。
相談の際に整理していただきたい事項
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 決議の日及び登記の日 | 履歴事項全部証明書 |
| 何が行われたか | 株主総会、取締役会、いずれか一方か双方か |
| 自らの議決権の割合 | 株主名簿、法人税申告書別表二 |
| 手元にある資料 | 議事録、契約書、財務資料 |
| 会社の物の所在 | 実印、通帳、登記識別情報 |
| 現在の状況 | 会社への立入り、従業員及び取引先の対応 |
決議の日から3か月が経過するまでの残り日数は、最初に確認すべき事項です。緊急を要する場合には、その旨をお申し出ください。
本記事における非開示事項について
手続を用いる順序及び時期、方針の決定の考え方、交渉の進め方、対外的な対応の具体的な内容は、株主構成、取締役会の構成、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、経営権をめぐる紛争に関するご相談をお受けしております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
- ご相談は事前予約制です
緊急を要する場合には、その旨をお申し出ください。ご相談に際しましては、履歴事項全部証明書、定款の写し、株主名簿の写し、法人税申告書別表二の写し、招集通知、議事録の写し、手元にある社内の資料をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしております。
本記事の根拠条文
会社法 第318条第4項(株主総会議事録の閲覧謄写)、第319条第1項(株主総会の決議の省略)、第330条(株式会社と役員との関係)、第339条第1項・第2項(役員の解任及び損害賠償)、第341条(役員の選任及び解任の株主総会の決議)、第352条第1項(取締役の職務を代行する者の権限)、第354条(表見代表取締役)、第362条第2項第3号(代表取締役の選定及び解職)、第369条(取締役会の決議)、第371条(取締役会議事録)、第830条第1項・第2項(決議不存在確認及び決議無効確認の訴え)、第831条第1項・第2項(決議取消しの訴え及び裁量棄却)、第834条(被告)、第838条(認容判決の効力が及ぶ者の範囲)、第908条第1項・第2項(登記の効力及び不実の登記)、第915条第1項(変更の登記)、第917条(職務の執行を停止する仮処分等の登記)
民事保全法 第23条第2項・第4項(仮の地位を定める仮処分命令)
判例法理及び一般の法理による部分 確認の利益の有無、瑕疵が取消しの事由にとどまるか不存在に至るかの判断については、判例法理及び民事訴訟法上の一般の法理によります。
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