会社の実印及び預金通帳を持ち去られた場合の対応

会社の実印及び預金通帳を持ち去られた場合の対応

経営権をめぐる紛争においては、会社の実印、印鑑カード、預金通帳、キャッシュカード、登記識別情報といった物の所在が、現実の力関係を左右します。これらを持ち去られると、対外的な行為が事実上できなくなります。本記事では、この場合の対応を整理します。当事務所は役員の側にも会社の側にも立ちますが、本記事は地位を争う側の方に向けたものです。

 結論 「誰が代表権を有するか」が先決問題です

会社の物をめぐる争いは、突き詰めれば「誰が会社を代表する権限を有するか」という問題に帰着します。

状況 検討の枠組み
自らが登記上も代表取締役である 会社の代表者として、物の返還を求めることができます
登記上は代表権を失っているが、決議の効力を争っている 地位の帰趨が確定するまでの間の措置を検討します
既に代表権を失っており、争っていない 会社の物を保持する根拠はありません

したがって、まず登記の状態を確認し、自らの立場を確定することが出発点となります。

 持ち去られやすい物とその意味

意味 失われた場合の影響
会社の実印(代表者印) 登記及び重要な契約に用います 登記の申請、契約の締結ができなくなります
印鑑カード 印鑑証明書の交付を受けるために用います 印鑑証明書を取得できなくなります
銀行印 預金の払戻し等に用います 資金の移動ができなくなります
預金通帳、キャッシュカード 預金の管理 資金の状況を把握できなくなります
登記識別情報 不動産の登記に用います 不動産の処分に関わります
会社の定款、議事録、契約書 権利関係の証明 主張の裏付けを失います
会計帳簿、決算書類 財務の把握 会社の状況を把握できなくなります
社内システムの管理者権限 情報へのアクセス 記録の確保ができなくなります

このうち、会社の実印及び印鑑カードは、登記の申請に関わるため、特に重要です。

 自らが登記上の代表取締役である場合

登記上も自らが代表取締役である場合には、会社を代表する権限を有していますので、次の対応が可能です。

 印鑑に関する対応

会社の実印が持ち去られた場合には、登記所に対して改印の届出を行うことが考えられます。また、印鑑カードを紛失した場合には、その旨の届出を行うことが考えられます。これらの手続の具体的な要件については、商業登記に関する法令の定めによりますので、登記所においてご確認いただくか、弁護士を通じて確認することになります。

 金融機関に対する対応

金融機関に対し、次の対応を行うことが考えられます。

  • 通帳及びキャッシュカードの紛失又は盗難の届出
  • 銀行印の変更の届出
  • 会社の代表者としての本人確認と、現状の説明
  • 取引の状況の確認

もっとも、金融機関は、代表権をめぐる争いがある場合、いずれの当事者の指示にも従わず、事実上、取引を停止する対応をとることがあります。これは、二重払いの危険を避けるための対応です。

 返還の請求

会社の代表者として、持ち去った者に対し、物の返還を求めることが考えられます。応じない場合には、訴えの提起及び保全の手続を検討します。

 登記上の代表権を失っている場合

決議の効力を争っている段階では、自らが代表権を有するかどうか自体が争点となります。この場合、次の点に留意します。

留意点 内容
自力での実力行使は避ける 別の紛争を生じさせ、また責任を問われる材料となります
記録を残す 誰が、いつ、何を持ち出したかを記録します
資産の流出への備え 会社の財産が処分されるおそれがある場合の措置を検討します
地位に関する手続を優先する 職務の執行を停止する仮処分等

会社の物を実力で取り戻す行為は、たとえ自らが正当な代表者であると考えていても、刑事上及び民事上の問題を生じさせます。慎むべきです。

 職務の執行を停止する仮処分

新たに選任された代表者の職務の執行を停止し、その職務を代行する者を選任する仮処分が発せられた場合には、会社の運営は職務を代行する者に委ねられることになります(会社法第352条第1項、第917条、民事保全法第23条第2項)。会社の物についても、職務を代行する者が管理することとなります。

この手続は、会社の物をめぐる争いに一応の決着をつける効果を持ちます。

 会社の財産の保全

会社の財産が処分されるおそれがある場合には、株主による差止めの請求(会社法第360条)、監査役による差止めの請求(会社法第385条第1項)を検討します。また、自らが会社に対して債権を有する場合(貸付金、未払報酬等)には、その債権を被保全権利として仮差押えを検討する余地があります(民事保全法第20条第1項)。

 刑事上の問題

会社の物を持ち去る行為については、その者の権限、行為の態様により、刑事上の問題が生じ得ます。もっとも、会社の役員が会社の物を占有する行為については、権限の有無の評価が複雑であり、直ちに犯罪が成立するとは限りません。

刑事上の手続を用いるかどうかは、慎重な検討を要します。刑事の手続は、民事上の地位の回復又は物の返還を直接にもたらすものではありません。また、告訴が受理されない場合、その事実が民事の手続において不利に働くことがあります。

 記録の作成

この類型では、事実関係の記録が極めて重要です。

記録すべき事項 内容
持ち去りの日時 できる限り正確に
持ち去った者 氏名、立場
持ち去られた物 品目、数量
場所 保管されていた場所
目撃者 氏名、状況
発覚の経緯 いつ、どのようにして知ったか
会社の対応 説明の有無、内容
自らが行った対応 通知、届出、請求

社内の防犯カメラの記録、入退室の記録が存在する場合には、その保全を求めることが考えられます。

 案件で確認すべき事項

番号 確認事項 資料
1 現在の登記上の代表取締役 履歴事項全部証明書
2 自らの地位に関する争いの状況 議事録、通知書
3 持ち去られた物の内容 記録
4 会社の預金口座及び残高 通帳、残高証明書
5 会社の不動産及び担保の状況 登記事項証明書
6 会社の主要な取引先及び契約 契約書
7 金融機関の対応 記録
8 会社の財産の処分の兆候 登記、取引の記録
9 自らの会社に対する債権 契約書、計算書類
10 防犯カメラ等の記録の有無 会社の設備

 弁護士にご相談いただく意味

会社の物をめぐる争いは、感情的な対立が最も表面化しやすい場面です。しかし、実力による対応は、いずれの当事者にとっても不利益をもたらします。

弁護士は、地位を争う役員の代理人として、地位の帰趨に関する手続の遂行、会社の物に関する通知及び請求、金融機関への対応、記録の整備、会社の財産の保全の検討、必要に応じた刑事上の手続の検討を行います。

なお、対応の順序及び時期、金融機関への説明の内容、刑事上の手続との組合せ方は、地位に関する争いの状況、会社の財務状況、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 自分はまだ登記上の代表取締役です。実印を取り戻せますか。

会社を代表する権限を有していますので、返還を求めることができます。応じない場合には、訴えの提起及び保全の手続を検討します。あわせて、改印の届出等により、持ち去られた実印が使用されることを防ぐ対応を検討します。

質問2 実力で取り返してもよいですか。

避けるべきです。別の紛争を生じさせ、また責任を問われる材料となります。法的な手続によることをお勧めいたします。

質問3 銀行が取引に応じてくれません。

代表権をめぐる争いがある場合、金融機関が事実上取引を停止する対応をとることがあります。地位の帰趨が確定するまでの間の措置として、仮処分による職務を代行する者の選任等を検討することになります。

質問4 会社の預金が引き出されているようです。

会社の財産の処分に当たりますので、差止めの請求(会社法第360条、第385条第1項)、職務の執行を停止する仮処分の検討を要します。自らが会社に対して債権を有する場合には、仮差押えの検討もあり得ます。

質問5 刑事告訴をしたほうがよいですか。

会社の役員が会社の物を占有する行為については、権限の有無の評価が複雑です。また、刑事の手続は民事上の回復を直接にもたらすものではありません。用いるかどうかは、民事の手続との関係を踏まえた判断となります。

質問6 登記識別情報も持ち去られました。

不動産の処分に関わりますので、対応の優先度が高くなります。不動産の登記事項証明書により現状を確認したうえで、必要な措置を検討いたします。

 持ち去りが判明した直後の行動の順序

順序 行動
1 何が失われたかを一覧にします
2 現場の状況を記録します(写真、日時、目撃者)
3 登記の状態を確認します
4 自らの立場(代表権の有無)を確定します
5 会社及び持ち去った者に対して書面により通知します
6 金融機関及び登記所への対応の要否を検討します
7 弁護士に相談します

第4の段階を経ずに第6の対応を行うと、自らに権限がないまま届出を行うこととなり、後に問題となる場合があります。順序を守ることが重要です。

本記事における非開示事項について

対応の順序及び時期、金融機関への説明の内容、刑事上の手続との組合せ方は、地位に関する争いの状況、会社の財務状況、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、経営権をめぐる紛争に関するご相談をお受けしております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
  • ご相談は事前予約制です

緊急を要する場合には、その旨をお申し出ください。ご相談に際しましては、履歴事項全部証明書、定款の写し、株主名簿の写し、持ち去られた物の一覧、金融機関とのやりとりの記録をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしております。

本記事の根拠条文

会社法 第330条(株式会社と役員との関係)、第349条(株式会社の代表)、第352条第1項(取締役の職務を代行する者の権限)、第354条(表見代表取締役)、第360条(株主による取締役の行為の差止め)、第362条第2項(取締役会の権限)、第385条第1項(監査役による取締役の行為の差止め)、第908条第1項・第2項(登記の効力及び不実の登記)、第917条(職務の執行を停止する仮処分等の登記)

民事保全法 第20条第1項(仮差押命令の必要性)、第23条第2項(仮の地位を定める仮処分命令)

制度名により記述する部分 会社の印鑑の届出、改印及び印鑑カードに関する手続については、商業登記に関する法令の定めによります。個別の条項は事案に応じて確認いたします。会社の物を持ち去る行為の刑事上の評価については、行為の態様及び権限の有無により異なりますので、個別に検討いたします。

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