弁護士法人M&A総合法律事務所
HOME / 判例 / 弁護士である取締役が代表取締役に請求した弁護士費用と解任の正当な理由―東京地方裁判所令和6年9月10日判決

弁護士である取締役が代表取締役に請求した弁護士費用と解任の正当な理由―東京地方裁判所令和6年9月10日判決

公開 2024年9月10日更新 2024年9月10日

▶ 正当な理由のない解任と残存任期の役員報酬の御相談

資産家一族の資産管理会社の取締役に就任していた弁護士が、任期の途中で解任され、会社に対し、会社法339条2項に基づき、残りの任期の役員報酬に相当する808万5,000円の損害賠償を求めた場面の判例です。会社は、解任の正当な理由として、弁護士が会社の代表取締役兼筆頭株主に7,700万円の弁護士費用を請求し、そのうち2,200万円を受け取ったこと、自己株式の取得を提案・推進したこと、会社側の代理人弁護士から受任通知を受け取った後に役員や従業員にメールを送ったことの3点を挙げました。東京地方裁判所令和6年9月10日判決は、自己株式の取得の提案・推進とメールの送信は解任の正当な理由に当たらないとしましたが、弁護士費用の請求については、報酬の算定が客観的な方法によるものとはいえず、委任契約書の作成や算定の説明も怠ったという問題をはらむとして、解任には正当な理由があったと認め、請求を棄却しました。

本記事では、会社が挙げた3つの理由を判決がどのように仕分けたのか、取締役としての職務そのものではない弁護士費用の請求が、なぜ解任の正当な理由とされたのかを、判決が挙げた事情に沿って整理します。解任された役員の側からみて、会社が後から並べる解任理由にどう向き合うかを考える材料になる判決です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 資産家一族の顧問弁護士が、資産管理会社の取締役に就任した
    2. 会長の遺言は、主位的な遺言と予備的な遺言の2段構え
    3. 会長の死亡後、弁護士は相続手続を引き受け、7,700万円の弁護士費用を請求した
    4. 弁護士は、自己株式の取得を提案・推進した
    5. 残金の請求の直後に代理人弁護士が就き、弁護士は解任された
  4. 事案の経緯
  5. 判断の前提となった法令と規定
    1. 会社法339条2項―正当な理由のない解任による損害賠償
    2. 弁護士職務基本規程の定め
    3. 法律事務所の弁護士報酬基準―遺言執行の手数料
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 元取締役の請求
    2. 会社が挙げた解任の正当な理由
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実
    1. 遺言の作成と取締役への就任
    2. 会長の死亡後の相続手続と弁護士費用の支払
    3. 経営を巡る経緯と自己株式の取得
    4. 受任通知書の送付に至る経緯
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 弁護士費用の請求―正当な理由に当たる
    2. 自己株式の取得の提案・推進―正当な理由に当たらない
    3. 取締役・従業員へのメール―正当な理由に当たらない
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 会社が解任の理由をいくつも挙げてきました。すべてが正当な理由と判断されるのですか。
    2. 取締役としての仕事とは関係のない行為を理由に解任されることはありますか。
    3. 取締役会で承認された提案を、後から解任の理由にされています。
    4. 会社側に代理人弁護士が就いた後、社内の役員や従業員に連絡を取ると、解任の理由にされますか。
    5. 報酬について相手が同意して支払っていれば、問題になることはありませんか。
    6. 正当な理由がないと判断された場合、どのくらいの金額を請求できますか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第8部
裁判日 令和6年9月10日
事件番号 令和5年(ワ)第70059号
事件の種類 損害賠償請求事件(会社法339条2項に基づく解任による損害賠償の請求)
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 元取締役(原告)の請求を棄却。訴訟費用は元取締役の負担
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。同じ事件の控訴審等の判決本文は確認できていないため、本記事は第一審判決だけを対象としています。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
弁護士である元取締役KDM氏 原告。法律事務所に所属する弁護士です。平成28年1月から会長夫妻の顧問弁護士を務め、平成29年8月1日に不動産賃貸会社NRSの取締役に就任し、令和3年2月28日に重任しました。令和4年4月30日付けで解任されました
不動産賃貸会社NRS 被告。不動産の賃貸、売買及びこれらの仲介並びに管理業務等を目的とする株式会社です。判決は、資産家である会長の一族の資産管理会社であると述べています
不動産管理会社TKS 不動産の賃貸、管理及びこれらの受託業務等を目的とする姉妹会社です。弁護士KDM氏は、この会社の取締役でもあり、同じ日付で解任されました。訴訟の当事者ではありません
会長MSD氏 資産家一族の当主で、不動産賃貸会社NRSの代表取締役会長でした。令和3年7月13日に死亡しました
会長の妻FMK氏 会長MSD氏の妻です。会長の死亡後、令和3年7月30日に両社の代表取締役会長に就任しました。判決は、解任の当時、不動産賃貸会社NRSの代表取締役兼筆頭株主であったと述べています。訴訟では不動産賃貸会社NRSの代表者です
長女STK氏 会長夫妻の長女です。会長夫妻とは交流が途絶えていました
養子である元社長TKH氏 会長夫妻の養子で、長女STK氏の夫です。令和3年2月頃までに両社の社長(代表取締役)に就任し、同年9月29日に退任の意向を示しました
同僚の弁護士RKU氏 弁護士KDM氏と同じ法律事務所に所属する弁護士です。両社の監査役を務め、弁護士KDM氏と同じ日付で解任されました
取締役NKJ氏 不動産賃貸会社NRSの取締役です。令和3年12月21日付けの株主総会の書面決議で選任されました
従業員MRT氏 不動産賃貸会社NRSの従業員で、会長の妻FMK氏と弁護士KDM氏との連絡を取り次いでいました
顧問税理士SGW氏 相続税の概算や自己株式の取得単価の算定を行った税理士です
従業員YMN氏 不動産賃貸会社NRSの従業員で、会長MSD氏が実質的に保有していた両社の株式の名義人でした
親族外の株主KNO氏 会長の一族の親族以外で両社の株式を保有していた株主です

このほか、会社及び会長の妻FMK氏の代理人となった弁護士、長女STK氏と元社長TKH氏の子、作品を寄託していた美術館、改修工事の見積りをした工事会社、遺贈先とされた区、預金等の取引先である3つの金融機関が登場します。いずれも本記事では役割だけで表記します。判決が「本件各遺言」と呼ぶ会長夫妻の公正証書遺言を、本記事では「会長夫妻の遺言」と、そのうち会長MSD氏の遺言を「会長の遺言」と表記します。

事案の概要

資産家一族の顧問弁護士が、資産管理会社の取締役に就任した

弁護士KDM氏は、平成28年1月20日、会長MSD氏及び会長の妻FMK氏(以下、2人を「会長夫妻」といいます)との間で、会長夫妻の法律問題等を処理する顧問となり、顧問料として月額5万円(税別)の支払を受ける法律顧問契約を結びました。判決の認定によれば、当時の主な相談内容は、両社の経営の主導権を、当時社長であった元社長TKH氏から、代表権のない取締役会長であった会長MSD氏が取り戻すことと、長女STK氏らとの交流を再開することの2点でした。

会長夫妻は、平成28年8月頃までに遺言を作り直すことを考えるようになり、弁護士KDM氏は約半年間にわたり打合せを重ねて原案を検討しました。平成29年2月10日、会長夫妻の公正証書遺言がそれぞれ作成され、弁護士KDM氏と同僚の弁護士RKU氏が証人となりました。

会長MSD氏は、弁護士KDM氏を代理人として、平成29年7月頃、株主として株主総会招集許可の申立てをし、許可を得て両社の株主総会を開催しました。この株主総会で弁護士KDM氏と同僚の弁護士RKU氏が取締役に追加選任され(不動産賃貸会社NRSの取締役就任日は平成29年8月1日)、その後の取締役会決議で、会長MSD氏が代表取締役(会長兼社長)に、元社長TKH氏が代表権のない取締役になりました。前提事実では、不動産賃貸会社NRSで弁護士KDM氏は取締役に、同僚の弁護士RKU氏は監査役に就任したとされています。

会長の遺言は、主位的な遺言と予備的な遺言の2段構え

判決本文が要旨として記載した会長の遺言の内容は、次のとおりです。

  • 主位的な遺言 会長が妻より先に死亡した場合は、長女STK氏に不動産賃貸会社NRSの株式1万1,000株を、元社長TKH氏に同株式1万6,000株を相続させ、その余の財産はすべて会長の妻FMK氏に相続させる。この場合について、遺言執行者は指定されていませんでした。
  • 予備的な遺言 会長の妻が会長より先に(又は同時に)死亡した場合は、不動産を区に遺贈し、長女STK氏への遺贈には預金等の手取額全部を公益目的の団体に寄付する負担を付けるなどの内容とする。この場合について、弁護士KDM氏が遺言執行者に指定され、その報酬は「遺言者の有する財産全部の時価評価額合計の2%」とされていました。

判決の認定によれば、弁護士KDM氏が整理した平成29年1月11日付けの「遺産概要」では、会長MSD氏の財産の評価額は約35億8,753万円でした。

会長の死亡後、弁護士は相続手続を引き受け、7,700万円の弁護士費用を請求した

会長MSD氏は令和3年7月13日に死亡し、会長の妻FMK氏が両社の代表取締役会長に就任しました。会長の遺言は主位的な遺言が効力を生じる場面であり、遺言執行者の指定はありません。判決の認定によれば、会長の妻FMK氏は、遅くとも令和3年8月13日頃までに、弁護士KDM氏に生命保険金の請求や預金の名義変更を含む相続等の手続を依頼しました。弁護士KDM氏は、金融機関での名義変更手続に同席し、生命保険金や傷害保険金の請求を支援し、会長が美術館に寄託していた作品10点の売却交渉も行いました(売却代金は合計275万円)。

弁護士KDM氏は、令和3年11月15日、会長の妻FMK氏に弁護士費用7,700万円(税込)について説明し、同月18日、弁護士費用の説明書と、内金2,200万円(税込)の請求書を送りました。説明書には、会長MSD氏との間で平成29年2月に「遺言に関する弁護士費用」を全遺産の時価評価額合計の2%と合意したこと、会長の妻FMK氏が相続した財産の評価額(約37億3,804万円)の2%は7,476万円となるが、遺言に関する業務以外の業務も含め、端数を切り捨てて7,000万円(税別)を請求したいことなどが記載されていました。会長の妻FMK氏は、同月24日、2,200万円を支払いました。

弁護士は、自己株式の取得を提案・推進した

同じ時期、弁護士KDM氏は、会長の妻FMK氏の手元の現預金を厚くすることなどを目的として、不動産賃貸会社NRSが会長の妻FMK氏や長女STK氏、元社長TKH氏から自己株式を取得することを提案しました。令和3年12月13日の取締役会と、同月21日付けの株主総会の書面決議により、会長の妻FMK氏から5万5,000株、元社長TKH氏から1万3,000株、長女STK氏から1万1,000株を、1株8,085円、総額6億3,871万5,000円で取得し、令和4年2月10日の取得日から令和7年4月までの5回に分けて代金を支払うことが決まりました。

残金の請求の直後に代理人弁護士が就き、弁護士は解任された

弁護士KDM氏は、令和4年2月21日、弁護士費用の残金5,500万円(税込)を請求しましたが、会長の妻FMK氏は支払いませんでした。同年3月17日、会社及び会長の妻FMK氏の代理人弁護士は、弁護士KDM氏に受任通知書を送り、会社が弁護士KDM氏との関係の解消を求めていること、会長の妻FMK氏が顧問契約の解消、弁護士費用の処理、遺言執行者の業務内容の説明などを求めていることを伝えました。弁護士KDM氏は、同月19日と20日、取締役NKJ氏と従業員MRT氏にメールを送りました。

弁護士KDM氏(取締役)と同僚の弁護士RKU氏(監査役)は、令和4年4月30日付けで、両社の役員から解任されました。前提事実によれば、解任当時の弁護士KDM氏の取締役としての報酬は月額33万円で、任期は令和6年3月31日を終期とする事業年度に関する定時株主総会の終結時まで(定款24条)であり、同総会は同年5月中旬以降に開催されることが見込まれていました。判決は、任期満了まで取締役を務めていれば支給されていた報酬の総額は808万5,000円(33万円×24.5月)を下らないことを、前提事実として記載しています。

その後、会長の妻FMK氏は、既払いの2,200万円の支払と残金5,500万円の債務不存在確認を求める別の訴えを起こし、弁護士KDM氏は反訴として5,500万円の支払を求めました。また、会長の妻FMK氏、取締役NKJ氏及び従業員MRT氏は、弁護士KDM氏の所属弁護士会に懲戒請求をしました。これらの手続の結果は、本件の判決本文には記載されていません。

事案の経緯

時期 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成28年1月20日 弁護士KDM氏と会長夫妻が法律顧問契約を締結(顧問料月額5万円(税別))
平成28年8月頃以降 会長夫妻が遺言の作り直しを考え、弁護士KDM氏が約半年間にわたり打合せを重ねる
平成29年1月11日付け 弁護士KDM氏が「遺産概要」を整理(会長MSD氏の財産の評価額は約35億8,753万円)
平成29年2月10日 会長夫妻の公正証書遺言が作成される。弁護士KDM氏と同僚の弁護士RKU氏が証人となる
平成29年7月頃 会長MSD氏が、弁護士KDM氏を代理人として株主総会招集許可を申し立て、許可を得て両社の株主総会を開催
平成29年8月1日 弁護士KDM氏が不動産賃貸会社NRSの取締役に、同僚の弁護士RKU氏が監査役に就任
令和3年2月頃まで 元社長TKH氏が両社の社長(代表取締役)に就任
令和3年2月28日 弁護士KDM氏が不動産賃貸会社NRSの取締役に重任
令和3年7月13日 会長MSD氏が死亡
令和3年7月30日 会長の妻FMK氏が両社の代表取締役会長に就任。従業員YMN氏名義の株式の名義変更も承認される
令和3年8月13日頃まで 会長の妻FMK氏が、弁護士KDM氏に生命保険金の請求や預金の名義変更を含む相続等の手続を依頼(判決の認定)
令和3年8月25日以降 弁護士KDM氏が、金融機関での名義変更手続に同席し、保険金の請求を支援
令和3年9月29日 元社長TKH氏が、取締役会での口論を契機に退任の意向を示す。同日、弁護士KDM氏が元社長TKH氏に会長の遺言の内容を説明
令和3年10月5日 弁護士KDM氏が元社長TKH氏に、死亡退職金・弔慰金の支給と自己株式の取得を検討している旨をメールで伝える
令和3年11月15日 弁護士KDM氏が会長の妻FMK氏に弁護士費用7,700万円(税込)を説明し、内金2,200万円の年内の支払を提案
令和3年11月17日 11月の取締役会。自己株式の取得の議案などを全員一致で可決
令和3年11月18日 弁護士KDM氏が、弁護士費用の説明書と内金2,200万円の請求書をメールで送付
令和3年11月24日 会長の妻FMK氏が2,200万円を支払う
令和3年12月10日 顧問税理士SGW氏の算定した取得単価が1株8,085円となる(11月の取締役会の段階の想定は3,000円程度)
令和3年12月13日 12月の取締役会。自己株式の取得等について株主総会の書面決議を行うことを可決(弁護士KDM氏は体調不良で欠席し、同僚の弁護士RKU氏が議案を説明)
令和3年12月21日付け 自己株式の取得に係る株主総会の書面決議が成立
令和4年1月12日 会長の妻FMK氏が元社長TKH氏への代金の支払を留保できないか相談。弁護士KDM氏は留保しない方がよいと説明
令和4年1月14日 新体制(会長の妻FMK氏、取締役NKJ氏、弁護士KDM氏)で両社の取締役会
令和4年2月10日 自己株式の取得日
令和4年2月21日 弁護士KDM氏が残金5,500万円(税込)を請求。会長の妻FMK氏は支払わず
令和4年3月14日 取締役NKJ氏が、会長の妻FMK氏が代理人を立てたことなどを伝え、3月の取締役会を中止する旨を返信
令和4年3月17日 会社及び会長の妻FMK氏の代理人弁護士が受任通知書を送付
令和4年3月19日・20日 弁護士KDM氏が取締役NKJ氏と従業員MRT氏にメールを送信
令和4年4月30日付け 弁護士KDM氏(取締役)と同僚の弁護士RKU氏(監査役)が両社の役員から解任される
令和4年5月13日 代理人弁護士が解任を通知(同月16日到達)。あわせて弁護士費用について委任者・委任内容の書面による説明等を求める
令和4年7月20日付け 代理人弁護士が既払いの2,200万円の返金を求める通知書を送付(同月21日到達)
令和4年12月14日頃 会長の妻FMK氏が、2,200万円の支払と5,500万円の債務不存在確認を求める別の訴えを提起
令和4年12月26日頃 会長の妻FMK氏、取締役NKJ氏及び従業員MRT氏が、弁護士KDM氏の懲戒を請求
令和5年2月13日 弁護士KDM氏が本件訴えを提起(遅延損害金の起算日は、訴状送達の日の翌日である令和5年3月1日)
令和5年5月1日頃 弁護士KDM氏が、別の訴えの反訴として5,500万円の支払を求める
令和6年9月10日 東京地方裁判所が弁護士KDM氏の請求を棄却する判決

判断の前提となった法令と規定

会社法339条2項―正当な理由のない解任による損害賠償

会社法339条2項 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。

取締役は、いつでも株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。その代わり、解任に正当な理由がなければ、会社は解任によって生じた損害、典型的には残りの任期の役員報酬相当額を賠償しなければなりません。本件では、この「正当な理由」の有無だけが争点とされました。

弁護士職務基本規程の定め

会社は、弁護士KDM氏の行為が弁護士職務基本規程の複数の定めに違反すると主張しました。判決本文は、関係する規程の定めを次のように要約しています。以下は判決本文の要約に基づくもので、規程の条文そのものではありません。

24条(弁護士報酬) 経済的利益、事案の難易、時間及び労力その他の事情に照らして、適正かつ妥当な弁護士報酬を提示しなければならない。
29条1項(受任の際の説明等) 事件を受任するに当たり、依頼者から得た情報に基づき、事件の見通し、処理の方法並びに弁護士報酬及び費用について、適切な説明をしなければならない。
30条(委任契約書の作成) 事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成しなければならない(顧問契約その他継続的な契約に基づくものであるときなどは、作成を要しない)。
37条1項(法令等の調査) 事件の処理に当たり、必要な法令の調査を怠ってはならない。
52条(相手方本人との直接交渉) 相手方に法令上の資格を有する代理人が選任されたときは、正当な理由なく、その代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉してはならない。

法律事務所の弁護士報酬基準―遺言執行の手数料

弁護士KDM氏の所属する法律事務所の弁護士報酬基準には、遺言執行の手数料について、判決本文によれば次の定めがありました。

基本 300万円以下の部分:30万円/300万円を超え3,000万円以下の部分:2%/3,000万円を超え3億円以下の部分:1%/3億円を超える部分:0.5%
「特に複雑または特殊な事情がある場合」には、「弁護士と依頼者との協議により定める額」とする。

会長夫妻の遺言で予備的な遺言の遺言執行者の報酬を全遺産の2%としたのは、この基準を参照し、「特に複雑または特殊な事情がある場合」に当たることを前提にしたものであったと、判決は認定しています。

当事者の請求と主要な主張

元取締役の請求

弁護士KDM氏は、不動産賃貸会社NRSに対し、会社法339条2項に基づき、解任による損害賠償金808万5,000円と、訴状送達の日の翌日である令和5年3月1日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求めました。

会社が挙げた解任の正当な理由

会社は、弁護士KDM氏は弁護士としての専門的識見を期待されて取締役に選任された者であるのに、次の3点のとおり、弁護士としての資質を欠き、取締役として著しく不適任であったことは明らかであるから、解任には正当な理由があったと主張しました。

論点 会社(不動産賃貸会社NRS)の主張 元取締役(弁護士KDM氏)の主張
弁護士費用の請求(規程24条、29条、30条) 弁護士KDM氏は会長の遺言の遺言執行者ではなく、弁護士費用を請求する根拠となる委任契約もないのに、会長の妻FMK氏の信頼や、元社長TKH氏が遺言執行者と誤信していたことを利用して弁護士費用を請求し、2,200万円を受け取った。詐欺ないし不法行為にも該当し得る。適正な報酬額の提示、受任時の説明、委任契約書の作成の各義務に違反し、深刻な紛争を招いた 遺言の作成時までに、会長夫妻との間で、配偶者の代理人として遺言を執行する場合の報酬を全遺産の2%とする委任契約が成立していた。そうでなくても、令和3年8月13日までに会長の妻FMK氏との間で同じ趣旨の委任契約が成立し、同年11月15日までに7,700万円とすることが合意された。遺言が委任契約書と同様の機能を果たし、詳細に説明した。そもそも取締役としての業務遂行に関わるものではなく、解任の正当な理由になり得ない
自己株式の取得の提案・推進(規程37条) 会社の財務状況を悪化させるのに、元社長TKH氏の反対を押し切り、取得単価が想定を大幅に上回ることが判明した後も再検討せずに推進した。その結果、令和5年1月31日の支払期日の資金を確保できず、支払猶予を受けざるを得なくなった。会長の妻FMK氏の手元資金を厚くして弁護士費用を回収しやすくする自己の利益を図ったことが強く推認される。また、遺留分に関する法改正を誤解しており、法令の調査義務に違反する 会長の一族の個人への還元、相続税の納税資金、自宅の改修費用、長女STK氏らの生活資金の確保という合理的な理由があった。元社長TKH氏も説明を受けて翻意した。決議の当時、財務状況に問題はなく、税理士も資金不足を予測していなかった。遺留分の点は取締役会や事前協議で取得の理由として挙げておらず、会社に損害も生じていない
取締役・従業員へのメール(規程52条) 受任通知書を受け取ったのに、代理人弁護士の承諾を得ずに、取締役NKJ氏と従業員MRT氏にメールを立て続けに送り、直接交渉の禁止に違反した 規程52条は双方に代理人弁護士が就いて交渉する場合の規律であり、取締役として業務を行う場合には妥当しない。当時、退任を求めていたのは会長の妻FMK氏だけで、取締役会等の審議・決議はされていなかった

表中の主張は、判決本文が記載した当事者の主張を当事務所が要約したものです。裁判所が認定した事実とは区別してお読みください。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、本件の争点を「本件解任に係る正当理由の有無」の1点に整理しました。そのうえで、会社が挙げた3つの理由を順に検討しています。

  1. 弁護士費用7,700万円の請求は、解任の正当な理由に当たるか。その前提として、会長夫妻との間で、遺言の作成時までに全遺産の2%を報酬とする委任契約が成立していたか。会長の妻FMK氏から受任した業務の範囲はどこまでか。
  2. 自己株式の取得を提案・推進したことは、解任の正当な理由に当たるか。
  3. 受任通知書の受領後に取締役NKJ氏と従業員MRT氏にメールを送ったことは、解任の正当な理由に当たるか。

判決は、(2)と(3)を正当な理由に当たらないとし、(1)だけを正当な理由と認めました。3つの理由のうち1つが認められたことで、請求は棄却されています。なお、判決は、正当な理由の有無を判断する一般的な基準を示してはいません。各理由について、会社の主張に沿って、弁護士としての資質の欠如ないし取締役としての著しい不適任を基礎付ける事情に当たるかどうかという形で検討しています(この整理は当事務所の評価です)。

裁判所が認定した重要な事実

判決は、前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨により、次の事実を認定しました(以下は判決本文の認定事実の要約です)。

遺言の作成と取締役への就任

  • 平成28年12月9日の打合せについて、会長の妻FMK氏の日記には「具体的かつめん密に8割程上り」との記載があり、遺言が作成された平成29年2月10日の日記には「ほっとした一安心。良かった。」との記載がありました。
  • 会長夫妻の遺言では、予備的な遺言についてだけ遺言執行者が指定され、その報酬は、法律事務所の報酬基準の遺言執行の手数料の定めを参照し、「特に複雑または特殊な事情がある場合」に当たることを前提として、全遺産の時価評価額合計の2%と定められました。予備的な遺言には、評価額7億6,460万円の宅地とその上の建物を区に遺贈すること、長女STK氏への遺贈に寄付の負担を付けることなどが含まれていました。
  • 会長MSD氏の生前、会長の妻FMK氏は資産管理をした経験がなく、会長MSD氏が妻名義のものを含めて資産管理をしていました。

会長の死亡後の相続手続と弁護士費用の支払

  • 令和3年7月末頃に会長MSD氏の貸金庫が開錠されましたが、弁護士KDM氏は立ち会いませんでした。同年8月4日、弁護士KDM氏は従業員MRT氏に、生命保険や金融機関の手続は従業員MRT氏にサポートしてもらいたいとのメールを送っていました。
  • 同年8月6日と12日、従業員MRT氏は、相続等の手続を書類の準備も含めすべて弁護士KDM氏に任せるよう会長の妻FMK氏から指示を受けている旨をメールで伝え、弁護士KDM氏は同月13日、事務所で対応する旨を返信しました。
  • 元社長TKH氏は、会長の遺言を読んだ後、会長の妻FMK氏に、弁護士KDM氏に支払う報酬は約8,000万円であると述べたことがありました。
  • 令和3年8月18日時点の顧問税理士SGW氏の概算では、相続税の総額は約4億7,200万円で、そのうち会長の妻FMK氏の分は約4億3,780万円、納期限は令和4年5月上旬でした。自宅等の改修工事の見積額は合計4,750万2,000円でした。

経営を巡る経緯と自己株式の取得

  • 会長の妻FMK氏は、令和3年7月30日に両社の代表取締役会長に就任し、役員報酬は両社合計900万円から3,420万円に増額されました。
  • 11月の取締役会に先立ち弁護士KDM氏が送ったメモには、自己株式の取得の理由として、会長の一族の個人への還元を強化する必要があること、相続税の納税等により現金性資産が大幅に減少するため会長の妻FMK氏と長女STK氏の手元の現預金を厚くしておくのが望ましいこと、みなし配当課税の特例を活用できることが記載されていました。
  • 弁護士KDM氏は、親族外の株主KNO氏と交渉し、その保有株式を両社に売却する同意を取り付け、両社の株主は会長の一族の親族だけになりました。
  • 12月の取締役会の前に取得単価が8,085円となったため、弁護士KDM氏は顧問税理士SGW氏と協議し、会社の預金残高や退職慰労金等の支払も考慮して、取得する株式数を減らした案を作り、取得単価が変更された理由に関する税理士作成の書面とともに関係者に事前に送付しました。
  • 令和4年1月12日、弁護士KDM氏は、会長の妻FMK氏に、元社長TKH氏らが合計3億3,000万円相当の遺留分減殺請求権を有していることなどを指摘して、代金の支払を留保しない方がよいと説明しました。判決は、この遺留分の指摘は法改正についての誤った理解に基づくものであったと認めています。
  • 令和4年1月16日、会長の妻FMK氏は、弁護士KDM氏の妻に、弁護士KDM氏の励まし、見守りがなかったら生きていても甲斐がないと思うほどであった旨を記載した手紙を送っていました。

受任通知書の送付に至る経緯

  • 令和4年2月上旬、会長の妻FMK氏は、弁護士KDM氏には、今後は会社のことよりも長女STK氏らとの交流再開に注力してほしいとの意向を、取締役NKJ氏を通じて伝えていました。
  • 弁護士KDM氏は、令和4年3月7日と14日、取締役NKJ氏に取締役会の日程調整を求めるメールを送りましたが、取締役NKJ氏は、会長の妻FMK氏が代理人を立てていることなどを理由に、3月の取締役会を中止すると返信しました。
  • 代理人弁護士は、令和4年3月上旬頃までに会長の妻FMK氏から相談を受け、同月15日には登記簿を取得して、会長の遺産である土地建物の会長の妻FMK氏への名義変更が完了していないことを確認しました。

各主張を採用し又は排斥した理由

以下の判決本文の引用中、「本件弁護士費用」は7,700万円の弁護士費用、「本件受任業務」は判決が認定した受任業務(遺産の名義変更、保険金の請求、美術品の売却交渉)、「本件基準」は法律事務所の弁護士報酬基準、「規程」は弁護士職務基本規程、「本件受任通知書」は令和4年3月17日の受任通知書、「本件各メール」は同月19日のメール2通、「本件解任」は令和4年4月30日付けの解任を指します。いずれも判決本文の呼び方です。

弁護士費用の請求―正当な理由に当たる

遺言の作成時までの委任契約は認められない

判決は、まず、遺言の作成時までに、会長夫妻との間で、弁護士KDM氏が主張する委任契約が成立していたかを検討しました。判決は、契約の成立を直接裏付ける委任契約書等の書面は作成されていないこと、会長の財産の評価額合計約35億8,753万円の2%は7,000万円を超える高額となること、契約の効力が生ずるのは会長夫妻のいずれかが死亡した後で、その時期も不明であったことを挙げ、次のように述べました。

「委任契約を締結する場合には契約書を作成するのが通常であって、あえて契約書を作成せず、口頭で委任契約が締結されたという〔弁護士KDM氏〕の主張は不自然というほかない。」

さらに判決は、予備的な遺言が効力を生ずる場面では会長夫妻の双方が死亡しており、遺言執行者以外に遺言を執行し得る者が見当たらないのに対し、主位的な遺言が効力を生ずる場面では配偶者が生存していること、予備的な遺言の執行には区への不動産の寄付や寄付先の協議などの特殊な業務が含まれるのに対し、主位的な遺言は遺産を会長の妻FMK氏の名義に変更するだけで実現できることを指摘しました。そのうえで、配偶者の代理人として主位的な遺言を執行する場合の委任契約書の作成を省略することに合理的な理由があったとはいえないとし、次のとおり判断しました。

「〔弁護士KDM氏〕と〔会長夫妻〕との間で、〔会長夫妻の遺言〕を〔弁護士KDM氏〕が〔会長夫妻〕の代理人として執行する場合には、〔弁護士KDM氏〕の報酬を全遺産の時価評価額合計の2%とする旨の委任契約が成立していたと認めることはできない。」

会長の死亡後の依頼と、7,700万円の弁護士費用への同意は認められる

判決は、令和3年8月4日の段階では、弁護士KDM氏が会長の妻FMK氏から遺言の執行に関する業務を受任していたとは認められないとしました。高額の報酬を受けて遺言の執行を受任した弁護士であれば、貸金庫の開錠や重要な財産の名義変更には自ら立ち会うなどするのが通常であるのに、弁護士KDM氏は貸金庫の開錠に立ち会っておらず、同日のメールでも従業員MRT氏にサポートしてもらいたいと書いていたからです。

他方で、判決は、同月6日以降のメールのやり取りや、同月18日に会長の妻FMK氏が遺言の正本又は謄本等を持参して事務所を訪れたことから、会長の妻FMK氏が同月13日頃までに「生命保険金の請求や預金の名義変更を含む相続等の手続(書類の準備を含む。)」を依頼したと認めました。そして、その後の業務の遂行、11月15日の説明、同月の説明書と請求書の送付、従業員MRT氏が会長の妻FMK氏に説明して了解を得たうえで送金すると返信したこと、実際に2,200万円が支払われたことから、会長の妻FMK氏は、弁護士報酬を7,700万円(税込)とし、内金2,200万円を年内に支払うことに同意していたと認めました。

7,700万円の対価となる業務は、名義変更や保険金の請求などにとどまる

弁護士KDM氏は、7,700万円の対価となる業務には、会長の妻FMK氏に両社の支配権を掌握させて役員報酬を増額させたこと、親族外の株主KNO氏の株式を両社に安価で売却させたこと、従業員YMN氏とのトラブルへの対応、自己株式の取得等による財産の移転、精神的なケア、長女STK氏らとの交流再開に向けた活動なども含まれると主張しました。

判決は、弁護士KDM氏の働きについて、次のとおり認めています。

「〔弁護士KDM氏〕は、これらの弁護士としての専門的識見も生かした業務遂行に多くの時間及び労力を費やし、その成果によって〔会長の妻FMK氏〕に少なくない利益をもたらし、〔会長の妻FMK氏〕もその貢献を評価していたことは否定し難い」

しかし判決は、これらの業務は相続手続や遺言と直接の関係がなく、説明書に「遺言にかかわらない業務」の例として挙げられた傷害保険金の請求や美術品の売却交渉とも性質が異なること、弁護士KDM氏は顧問契約を結び、両社の取締役にも就任していたことから、弁護士費用を対価としてこれらを受任していたと認めることは困難であるとしました。そして、「本件弁護士費用を対価として〔弁護士KDM氏〕が受任した業務は本件受任業務にとどまると認めざるを得ない。」と述べました。判決のいう「本件受任業務」は、会長の妻FMK氏が取得した遺産の名義変更、生命保険金や傷害保険金の請求、美術館との美術品売却交渉です。

遺言執行者の報酬の定めを援用することに合理的な理由はない

判決は、会長MSD氏との間で合意していた「遺言に関する弁護士費用」といえるものは、遺言執行者の報酬の定め以外に見当たらないとしたうえで、受任した業務の難易度を検討しました。預金等の金融機関は3か所、土地は2筆、建物は3個で、名義変更に特に困難な事情は窺われないこと、会長の妻FMK氏は既に代表取締役会長に就任し、従業員YMN氏名義の株式の名義変更の承諾も得られていたこと、保険金の請求にも特に困難な事情は窺われず、美術品の売却価格275万円は遺産総額に占める割合がわずかであったことを挙げ、次のように述べました。

「本件受任業務は明らかに難易度が低く、その業務処理に要する時間及び労力も少なかったと考えられるのであって、本件弁護士費用を請求するに際して、遺言執行者の報酬の定めを援用することに合理的な理由はなかったと言わざるを得ない。」

さらに判決は、会長の妻FMK氏が資産管理を夫に頼ってきた高齢者であるのに、弁護士KDM氏は、委任契約書を作成して受任する業務内容を明確にすることを怠り、報酬基準の「遺言執行」の手数料の部分を参照するのが相当であることや、「特に複雑または特殊な事情がある場合」に当たることについての説明も怠ったと認定しました。

合意はあったが、算定と説明に問題をはらむ

以上から、判決は次のとおり判断しました。

「本件弁護士費用の請求については、〔弁護士KDM氏〕と〔会長の妻FMK氏〕との間の合意に基づくものではあったものの、7700万円〔税込〕という本件弁護士費用の算定自体が、本件基準に基づくなどの客観的な方法によって算定されたものとはいえず、その算定が適正なものであったと評価することができない(規程24条参照)上、〔弁護士KDM氏〕において、委任契約書を作成して受任に係る業務内容を明確にして、本件弁護士費用の算定に関する適切な説明をすることを怠った(規程29条、30条参照)という問題(これらの問題を、以下「本件問題」という。)をはらむものであったと認めざるを得ない。」

(引用中の「7700万円〔税込〕」の〔 〕は判決本文の表記であり、当事務所による置換えではありません。数字の表記は判決本文のとおりです。)

解任はやむを得なかった

判決は、このような経緯で弁護士費用が請求され、2,200万円が支払われたこと、令和4年2月21日には残金5,500万円も請求されたこと、その時点で相続税の納税や不動産の名義変更も完了していなかったことなどから、その後に相談を受けた代理人弁護士が弁護士費用の請求に疑問を持つのも当然のことであったとしました。そして、次の事情を併せ考慮しました。

  • 不動産賃貸会社NRSは、広大な土地を保有する資産家である会長の一族の資産管理会社であり、会長の妻FMK氏はその代表取締役兼筆頭株主であったこと
  • 弁護士KDM氏は、弁護士として会長夫妻の顧問となり、その専門的識見を評価され、会長MSD氏が元社長TKH氏から経営の主導権を取り戻す過程で取締役に就任した者であったこと

そのうえで、判決は次のように結論付けました。

「〔不動産賃貸会社NRS〕が、本件問題をはらむ本件弁護士費用の請求を行った〔弁護士KDM氏〕を取締役から解任したことはやむを得なかったといえ、本件解任には正当理由があったものと認めることができる。」

弁護士KDM氏は、弁護士費用の請求は取締役としての業務遂行に関わるものではないから解任の正当な理由になり得ないと主張していました。判決は、この主張に対して独立した説示はしていませんが、会社の性格、会長の妻FMK氏の地位、弁護士KDM氏が取締役に就任した経緯を併せて考慮することで、取締役としての職務そのものではない弁護士費用の請求を、解任の正当な理由と結び付けています(この整理は当事務所の評価です)。また、判決は、会社が主張した詐欺ないし不法行為の成否や、既払いの2,200万円を返還すべきかどうかについては判断していません。

自己株式の取得の提案・推進―正当な理由に当たらない

判決は、自己株式の取得の提案理由(会長の一族の個人への還元の強化、会長の妻FMK氏と長女STK氏の手元の現預金の充実、みなし配当課税の特例の活用)は、11月の取締役会の議題を記載したメモで説明されており、その内容に不合理な点は見当たらないとしました。

取得単価が想定の3,000円程度から8,085円に上がった点についても、弁護士KDM氏は顧問税理士SGW氏と協議し、会社の預金残高等も考慮して取得する株式数を減らした案を作成し、取得単価の変更理由に関する税理士の書面を事前に送付しているのであって、不合理な点は特に窺われないとしました。判決は、会社の立証についても次のように指摘しています。

「なお、〔不動産賃貸会社NRS〕は、その当時の財務状況に照らして、〔弁護士KDM氏〕が〔不動産賃貸会社NRS〕の将来的な資金不足を想定すべきであったことを基礎付ける事情について、何ら具体的に主張、立証していない。」

そして判決は、自己株式の取得は11月と12月の取締役会の各決議と、令和3年12月21日付けの株主総会決議により合理的理由があるものと判断されたのであって、次のとおり結論付けました。

「〔弁護士KDM氏〕がこれを提案・推進したことが、弁護士としての資質の欠如ないし〔不動産賃貸会社NRS〕の取締役としての著しい不適任を基礎付ける事情に当たると認めることはできない。」

遺留分に関する法改正の誤解については、判決は、それが誤った理解に基づくものであったことを認めました。しかし、契約の成立後に合理的な理由なく代金の支払を遅らせれば無用の紛争を招くおそれがあること、長女STK氏らとの関係修復の観点、元社長TKH氏らが少数株主権を行使し得ること、自己株式の取得によって会長の妻FMK氏や長女STK氏も恩恵を受けられることから、支払を行うよう助言し、取締役として推進したことが不適切であったとはいえないとしました。そのうえで、次のように述べています。

「〔弁護士KDM氏〕が本件改正法について理解を誤っていたことは、弁護士としての信頼を損ない得る客観的な事情であるということはできるものの、そのことをもって、直ちに弁護士としての資質の欠如ないし〔不動産賃貸会社NRS〕の取締役としての著しい不適任を基礎付ける事情に当たると認めることはできない。」

(引用中の「本件改正法」は、遺留分制度の改正等を内容とする民法等の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)を指します。)

会社が主張した、令和5年1月の支払期日の資金を確保できず支払猶予を受けたことや、弁護士費用を回収しやすくするために推進したことが強く推認されるという点については、判決は、これらを認める旨の認定をしていません。

取締役・従業員へのメール―正当な理由に当たらない

判決は、受任通知書の受領後に取締役NKJ氏と従業員MRT氏にメールを送ったことについて、次のとおり判断しました。

「〔弁護士KDM氏〕は唐突に本件受任通知書を受け取ったものであるし、〔取締役NKJ氏〕(取締役)及び〔従業員MRT氏〕(従業員)は、かねてより業務上の連絡を取り合っていた相手方なのであるから、〔弁護士KDM氏〕が、〔取締役NKJ氏〕及び〔従業員MRT氏〕に対して本件各メールを送信して状況を確認しようとしたことなどが不適切であったということはできず」

判決は、この行為をもって、弁護士としての資質の欠如ないし取締役として著しく不適任であることを基礎付ける事情に当たると認めることはできないとしました。判決は、規程52条が取締役として業務を行う場合に適用されるかどうかについては、一般的な判断を示していません。

主文及び結論

判決の主文は、「〔弁護士KDM氏〕の請求を棄却する。」「訴訟費用は〔弁護士KDM氏〕の負担とする。」というものです。

判決は、3つの理由を次のように仕分けたうえで、「よって、本件解任には正当な理由があり、〔弁護士KDM氏〕の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。」と結論付けました。

会社が挙げた解任の理由 判決の評価
弁護士費用7,700万円の請求(規程24条、29条、30条違反) 正当な理由に当たる。合意に基づくものではあったが、算定が客観的な方法によるものとはいえず、委任契約書の作成と算定の説明を怠ったという問題をはらむ。会社の性格、代表取締役兼筆頭株主の地位、取締役に就任した経緯も併せ、解任はやむを得なかった
自己株式の取得の提案・推進(規程37条違反を含む) 正当な理由に当たらない。提案理由に不合理な点はなく、取締役会と株主総会の決議で合理的理由があると判断された。法改正の誤解は、信頼を損ない得る客観的な事情ではあるが、直ちに不適任を基礎付けるものではない
取締役・従業員へのメール(規程52条違反) 正当な理由に当たらない。唐突に受任通知書を受け取り、かねて業務上の連絡を取り合っていた相手に状況を確認しようとしたことは不適切とはいえない

正当な理由がある解任であるため、残りの任期の報酬相当額808万5,000円の損害賠償は認められませんでした。損害額については、判決は判断していません。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 会社が並べた解任理由は、1つずつ吟味されること。本判決は、会社が挙げた3つの理由を個別に検討し、2つを退けました。解任された役員の側からみると、会社が多くの理由を挙げてきても、それぞれに事実の裏付けと評価の検討が行われることを示す例です。他方で、本件のように1つでも正当な理由と認められれば、請求全体が棄却されることにも注意が必要です。
  • 取締役会や株主総会の決議を経た提案は、後から解任理由にされても認められにくいこと。本判決は、自己株式の取得の提案理由が事前のメモで説明され、取得単価の上昇にも税理士と協議して対応していたこと、取締役会と株主総会の決議で合理的理由があるものと判断されたことを重視しました。会社が、資金不足を想定すべきであったことを基礎付ける事情を具体的に主張・立証していないことも指摘されています。結果として会社の資金繰りが苦しくなったとの主張があっても、提案の時点での検討の経過と決議の手続を示す資料が、役員の側の重要な反論材料になります。
  • 専門家としての判断の誤りが、直ちに不適任とされるわけではないこと。本判決は、法改正の理解の誤りを「弁護士としての信頼を損ない得る客観的な事情」と認めながら、直ちに取締役としての著しい不適任を基礎付けるものではないとしました。
  • 会社側に代理人が就いた後の、社内の関係者への連絡。本判決は、受任通知書を唐突に受け取った取締役が、従前から業務上の連絡を取り合っていた取締役と従業員に状況を確認しようとしたことは不適切ではないとしました。解任の動きを察知した役員が事実関係を確認しようとすること自体は、直ちに解任の正当な理由にならないことを示す例です。
  • 取締役としての職務そのものではない行為も、事情によっては正当な理由とされ得ること。本件で正当な理由とされたのは、取締役としての業務執行ではなく、顧問弁護士として代表取締役兼筆頭株主個人に対して行った弁護士費用の請求でした。判決は、会社が資産家である会長の一族の資産管理会社であること、請求の相手が代表取締役兼筆頭株主であったこと、元取締役が弁護士としての専門的識見を評価されて取締役に就任したことを併せて考慮しています。オーナー一族の顧問弁護士、税理士、コンサルタントなどの専門家が、オーナー一族の会社の役員を兼ねている場合には、オーナー個人との間の報酬や業務の問題が、役員としての地位にも影響し得ることを示しています。

一般化できない点

  • 本判決は、正当な理由の有無を判断する一般的な基準を示していません。弁護士費用の請求が正当な理由とされたのは、報酬の算定が客観的な方法によるものとはいえず、委任契約書の作成と算定の説明を怠ったという問題に加え、会社の性格、請求の相手の地位、取締役に就任した経緯といった本件の具体的な事情を併せ考慮した結果です。取締役が会社の外で行った行為が、一般に解任の正当な理由になるという趣旨ではありません。
  • 判決は、弁護士費用の請求が会長の妻FMK氏との合意に基づくものであったことを認めています。そのうえで、算定と説明の問題を理由に解任をやむを得ないとしたものであり、詐欺や不法行為の成否、既払いの2,200万円の返還の要否、残金5,500万円の請求の可否については判断していません。これらは別の訴えで争われていましたが、その結果は判決本文からは確認できません。懲戒請求の結果も確認できません。
  • 判決は、規程52条(相手方本人との直接交渉)が、取締役として業務を行う場面に適用されるかどうかについて一般的な判断を示していません。メールの送信については、本件の具体的な経緯から不適切とはいえないとしたものです。
  • 正当な理由があると判断されたため、損害額(残りの任期の報酬相当額)について判決は判断していません。前提事実に808万5,000円(月額33万円の24.5月分)を下らないとの記載がありますが、これは損害額についての判断ではありません。
  • 本件の請求は不動産賃貸会社NRSに対するものだけであり、同じ日付で解任された姉妹会社の取締役の地位については、判決は判断していません。
  • 本判決は第一審の判決であり、上訴の有無及び確定は確認できていません。

よくあるご質問

会社が解任の理由をいくつも挙げてきました。すべてが正当な理由と判断されるのですか。

そうとは限りません。本判決は、会社が挙げた3つの理由を1つずつ検討し、自己株式の取得の提案・推進と、受任通知書の受領後のメールの送信は、正当な理由に当たらないとしました。もっとも、残りの1つ(弁護士費用の請求)が正当な理由と認められたため、請求は棄却されています。会社が挙げる理由のそれぞれについて、事実関係と評価を分けて反論を準備することが大切です。

取締役としての仕事とは関係のない行為を理由に解任されることはありますか。

本件では、元取締役は、弁護士費用の請求は取締役としての業務遂行に関わるものではないと主張しましたが、判決は、会社が資産家である会長の一族の資産管理会社であり、請求の相手が代表取締役兼筆頭株主であったこと、元取締役が弁護士としての専門的識見を評価されて取締役に就任したことを併せて考慮し、解任には正当な理由があったとしました。オーナー一族の会社で専門家として役員に就任している場合には、オーナー個人との関係での行為も、役員としての地位に影響し得ると考えておく必要があります(当事務所の評価です)。

取締役会で承認された提案を、後から解任の理由にされています。

本判決は、自己株式の取得について、提案理由が事前に説明され、取締役会と株主総会の決議により合理的理由があるものと判断されたことなどから、提案・推進したことは解任の正当な理由に当たらないとしました。会社が、提案の当時に資金不足を想定すべきであった事情を具体的に主張・立証していないことも指摘されています。提案の際の資料、専門家との協議の記録、決議の議事録を保存しておくことが重要です。

会社側に代理人弁護士が就いた後、社内の役員や従業員に連絡を取ると、解任の理由にされますか。

本判決は、受任通知書を唐突に受け取った取締役が、従前から業務上の連絡を取り合っていた取締役と従業員に、状況を確認しようとしてメールを送ったことは不適切とはいえないとしました。ただし、これは本件の具体的な経緯に基づく判断です。連絡の相手、内容、頻度によっては評価が異なり得るため、連絡は事実確認に必要な範囲にとどめ、記録を残しておくことが望ましいといえます。

報酬について相手が同意して支払っていれば、問題になることはありませんか。

本判決は、弁護士費用の請求が会長の妻との合意に基づくものであったことを認めながら、算定が客観的な方法によるものとはいえず、委任契約書の作成と算定の説明を怠ったという問題をはらむとして、そのような請求をした取締役の解任はやむを得なかったとしました。合意があることだけでなく、算定の根拠と説明の経過が問われた例です。

正当な理由がないと判断された場合、どのくらいの金額を請求できますか。

会社法339条2項による損害賠償では、残りの任期の役員報酬相当額が中心になります。本件で元取締役が請求したのは、月額33万円の報酬の24.5月分に当たる808万5,000円でした。もっとも、本判決は解任に正当な理由があると判断したため、損害額については判断していません。損害の範囲は、報酬の定め方や支給の実績、任期の終期などによって個別に検討する必要があります。

関連する記事と御相談のご案内

任期の途中で解任され、会社から解任の理由を示された場合には、会社が挙げる理由を1つずつ分け、それぞれについて事実の裏付けがあるか、取締役会や株主総会の決議など正規の手続を経た行為ではないか、取締役としての職務とどのような関係にあるかを整理して検討します。解任に正当な理由がない場合の損害賠償の考え方は解任に正当な理由がない場合の損害賠償の請求で、不祥事や法令違反、ハラスメントを理由とする解任が正当な理由に当たるかどうかは不祥事・法令違反・ハラスメントを理由とする解任と正当な理由で解説しています。弁護士に依頼する際の進め方は解任された役員が損害賠償を求めるときの弁護士への依頼をご覧ください。正当な理由のない解任と残りの任期の役員報酬については正当な理由のない解任と残存任期の役員報酬の御相談のページで、不当な解任や強制的な辞任による損害賠償の請求については役員の不当解任・強制辞任と残存任期の役員報酬相当額の損害賠償請求の御相談のページで御案内しています。役員の不当な解任・辞任の強要の全般は役員の不当な解任・辞任の強要の総合案内を、他の裁判例は役員解任・辞任の裁判例の解説記事一覧をご覧ください。

役員の解任・退任に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所
03-6435-8418
受付時間 8:00~21:00(土日祝含む)

資料がすべてそろっていない段階でも御相談いただけます。御相談は事前予約制です。秘密は厳守します。

この記事の位置付け

任期の途中で解任された弁護士の取締役が残りの任期の報酬相当額を請求した場面の判例を、会社が挙げた3つの解任理由のうちどれが正当な理由と認められ、どれが退けられたかという観点から、解任された役員の側に向けて解説します。

正当な理由のない解任と残りの任期の役員報酬の請求についての当事務所の対応は、正当な理由のない解任と残存任期の役員報酬の御相談のページで御案内しています。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

任期の途中で解任され、会社から解任の理由を示されている役員の方、残りの任期の役員報酬相当額の損害賠償を検討している方に向けた当事務所の取扱内容及び対応の進め方は、次のご案内をご覧ください。

正当な理由のない解任と残存任期の役員報酬の御相談

03-6435-8418受付 8:00〜21:00(土日祝含む)相談申込LINE
役員の解任・辞任のご相談03-6435-8418受付 8:00〜21:00(土日祝含む)相談申込LINE