再任の記録がないまま取締役として処遇された者の解任と残存任期の報酬―東京地方裁判所令和7年7月16日判決

取締役の任期が満了した後も、それまでと同じ職務を続け、同じ月額の報酬を受け、代表取締役兼一人株主から「取締役」として扱われていた方が、数か月後に解任された場面の判例です。元取締役は、任期満了の日に一人株主の意思決定によって再任されていた、仮に再任されていなくても事実上の取締役として扱われていたとして、会社法339条2項又はその類推適用に基づき、残りの任期20か月分の報酬に当たる1,200万円の損害賠償を会社に求めました。東京地方裁判所令和7年7月16日判決は、株主総会議事録に再任の記載がなく重任登記もされていないことなどから再任を認めず、取締役としての任期がない者には同項の適用も類推適用もないとして、請求を棄却しました。
本記事では、取締役と同等の処遇が続いていたことや、解任の決議と解任登記がされていたことが、なぜ再任の根拠と認められなかったのか、取締役の員数を欠いて退任登記ができなかったことがどう評価されたのか、そして会社が主張した解任の正当な理由や損害額、相殺について判決が判断しなかった点を整理します。任期満了の前後に会社との関係を確認しておくことの大切さが分かる判決です。
- 裁判例の基本情報
- 当事者の表記
- 事案の概要
- 事案の経緯
- 判断の前提となった定款の定め
- 当事者の請求と主要な主張
- 結論を左右した争点
- 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
- 各主張を採用し又は排斥した理由
- 主文及び結論
- 判断の射程
- よくあるご質問
- 任期が満了した後も、取締役として同じ報酬をもらい、同じ仕事を続けていました。その後に解任された場合、残りの任期の報酬を請求できますか。
- 会社の株主は社長一人だけです。社長が自分を取締役として扱っていたのなら、再任されたことになりませんか。
- 登記には取締役として残っていて、会社は解任の決議と解任登記までしています。それでも任期はなかったことになるのですか。
- 会社からは、在任中の職務の懈怠を理由に、解任には正当な理由があると言われています。本判決はこの点をどう判断しましたか。
- 任期満了の前後に、取締役の側で確認しておくべきことはありますか。
- 役員をおりて従業員として働くよう求められ、断ったところ解任されました。従業員としての地位はどうなりますか。
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裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第8部 |
|---|---|
| 裁判日 | 令和7年7月16日 |
| 事件番号 | 令和5年(ワ)第70633号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審 |
| 結論 | 元取締役(原告)の請求を棄却。訴訟費用は元取締役の負担 |
| 上訴の状況 | 控訴の有無及び確定は確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。判決本文には、原判決・控訴審等の他の審級を示す記載はありません。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 元取締役MRK氏 | 原告。平成29年8月に会社に入社し、令和4年9月13日に取締役に就任しました。取締役としての報酬は月額60万円でした。令和5年8月1日に取締役を解任した旨の登記がされています |
| 金融情報分析会社QFA | 被告。国際金融市場の情報収集及び分析等を目的とする株式会社です。取締役会設置会社で、定款で取締役の員数は3人以上とされています。訴訟では監査役が会社を代表しています |
| 代表取締役NGS氏 | 金融情報分析会社QFAの代表取締役で、同社のただ一人の株主です。訴訟の当事者ではありません |
このほか、令和5年3月20日に代表取締役NGS氏とともに再任されたもう1名の取締役、再任されなかった他の3名の取締役、会社の社員が登場します。いずれも本記事では役割だけで表記します。
事案の概要
増員で選任された取締役と、その任期
元取締役MRK氏は、平成29年8月に金融情報分析会社QFAに入社し、令和4年9月13日に取締役に就任しました。取締役としての報酬は月額60万円とされていました。
会社の定款では、取締役の任期は選任後2年以内に終了する最終の事業年度に関する定時株主総会の終結の時までとされ、補欠又は増員により選任した取締役の任期は、前任者又は他の在任取締役の任期の残存期間と同一とされていました。MRK氏は増員により選任された取締役に当たり、令和4年9月13日の就任に係る任期は、令和5年3月20日まででした。この点は、当事者間に争いがありません。
会社の株主は、代表取締役NGS氏ただ一人でした。
令和5年3月20日の定時株主総会と、再任の記載のない議事録
令和5年3月20日の時点で、会社の取締役は6人であり、全員がこの日に任期満了となりました。同日付けの定時株主総会(判決は「本件株主総会」と呼んでいます)の議事録には、取締役の任期満了に伴う改選に関する件として、代表取締役NGS氏ほか1名を取締役として再選重任することに可決確定した旨が記載されていました。一方、MRK氏を含むほか4人の取締役については、再任された旨の記載はありませんでした。
代表取締役NGS氏ほか1名については、同日に重任の登記がされました。MRK氏ら4人については、重任の登記はされず、退任の登記もされませんでした。
任期満了後も続いた取締役としての処遇
判決の認定によれば、MRK氏は、本件株主総会の後も、それ以前と同様の職務を続けました。会社は、MRK氏に対し、本件株主総会の後も月額60万円を支払っていました。
代表取締役NGS氏は、令和5年3月31日から同年7月25日までの間、MRK氏に対し、「貴方、取締役は」、「取締役三人参加」、「来月から、役員をおりてもらいます」、「来月から次長として働いてください」などのメッセージを送っていました。判決は、同年8月1日の臨時株主総会でもMRK氏を取締役と記載するなど、NGS氏や会社はMRK氏を取締役あるいは役員として扱ったと認定しています。
令和5年8月1日の解任
令和5年8月1日に開かれた臨時取締役会で、MRK氏の発案によるMRK氏の解任要求を承認・可決した旨の議事録が作成され、同日開かれた臨時株主総会でも、同じ趣旨の議事録が作成されました。MRK氏については、同日に取締役を解任した旨の登記がされました(判決はこの解任を「本件解任」と呼んでいます)。
MRK氏は、訴訟で、自分は辞任を拒否し、仮に解任をするのであればその旨の通知を出すように求めたにすぎないと主張しています。解任に至るやり取りの詳しい経過は、判決本文では認定されていません。
報酬の請求と会社の拒絶
会社は、令和5年9月8日付けの書面で、MRK氏から同年8月14日に取締役報酬として月額60万円の13か月分に当たる780万円の請求があったところ、MRK氏には任務懈怠があり、解任には正当な理由があるなどとして、請求を拒絶しました。MRK氏は、同年9月12日、解任が不当なものであるなどとして、840万円(月額60万円の14か月分)を支払うよう会社に催告しました。
その後、MRK氏は、令和5年8月分から令和7年3月分までの20か月分の報酬に当たる1,200万円の損害賠償を求めて、東京地方裁判所に訴えを提起しました。
事案の経緯
| 時期 | 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による) |
|---|---|
| 平成29年8月 | MRK氏が金融情報分析会社QFAに入社 |
| 令和4年9月13日 | MRK氏が増員による取締役に就任(報酬は月額60万円。任期は令和5年3月20日まで) |
| 令和5年3月20日 | 取締役6人全員の任期満了。本件株主総会の議事録には、代表取締役NGS氏ほか1名の再選重任だけが記載され、同日に2名の重任登記。MRK氏ら4人は重任登記も退任登記もされず |
| 令和5年3月20日以降 | MRK氏はそれ以前と同様の職務を継続し、会社は月額60万円の支払を継続 |
| 令和5年3月31日から7月25日まで | 代表取締役NGS氏がMRK氏に、取締役であることを前提とするメッセージや、「来月から、役員をおりてもらいます」「来月から次長として働いてください」などのメッセージを送る |
| 令和5年8月1日 | 臨時取締役会及び臨時株主総会で、MRK氏発案の解任要求を承認・可決した旨の議事録が作成され、同日、取締役解任の登記 |
| 令和5年8月14日 | MRK氏が、取締役報酬として780万円(13か月分)を請求(会社の9月8日付け書面の記載による) |
| 令和5年9月8日付け | 会社が、任務懈怠があり解任には正当な理由があるなどとして請求を拒絶 |
| 令和5年9月12日 | MRK氏が、解任が不当であるなどとして840万円(14か月分)の支払を催告 |
| 令和5年 | MRK氏が東京地方裁判所に提訴(令和5年(ワ)第70633号)。請求額は1,200万円(20か月分) |
| 令和7年7月16日 | 東京地方裁判所が請求を棄却する判決 |
判断の前提となった定款の定め
判決本文は、会社の定款の内容を次のように記載しています。以下は判決本文の記載に基づくものであり、定款の条文そのものではありません(条番号も判決本文には記載されていません)。
取締役の員数
取締役の員数は3人以上とする。
この定めは、令和5年3月20日に2名しか再任されなかったにもかかわらず、MRK氏の退任登記がされなかった理由として、判決の判断の中で用いられています。
取締役の任期
取締役の任期は、選任後2年以内に終了する最終の事業年度に関する定時株主総会の終結の時までとする。補欠又は増員により選任した取締役の任期は、前任者又は他の在任取締役の任期の残存期間と同一とする。
MRK氏は、増員により選任された取締役であったため、他の取締役と同じく令和5年3月20日に任期満了となりました。MRK氏は、同日に再任されたことを前提に、新たな任期は令和7年3月までであったと主張し、令和5年8月分から令和7年3月分までの報酬を損害として請求しました。
当事者の請求と主要な主張
元取締役の請求
元取締役MRK氏は、金融情報分析会社QFAに対し、会社法339条2項又はその類推適用に基づく損害賠償として、令和5年8月分から令和7年3月分までの報酬1,200万円(月額60万円の20か月分)と、これに対する令和5年9月12日(催告の日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めました。
請求の根拠は、次の2つの構成です。
- 令和5年3月20日に取締役に再任されたにもかかわらず、会社が、正当な理由なく、任期途中の同年8月1日に解任した(会社法339条2項の適用)。
- 仮に再任されていないとしても、その後も事実上の取締役であったにもかかわらず、会社が、正当な理由なく事実上の取締役から解任した(会社法339条2項の類推適用)。
主要な主張の対比
| 論点 | 元取締役MRK氏の主張 | 金融情報分析会社QFAの主張 |
|---|---|---|
| 再任の有無 | 任期満了の日に、一人株主である代表取締役NGS氏の意思決定によって取締役に選任された。一人株主の意思決定は株主総会決議に代わり得る。NGS氏がその後も取締役として扱ったこと、月額60万円が支払われ続けたこと、8月1日に解任決議がされたこと、解任登記がされた一方で3月20日付けの退任登記がされていないことから明らかである | 任期満了は争いがない。議事録にはNGS氏らを再任した旨の記載があるが、MRK氏についてはない。再任する意思があったなら、取締役選任候補者にMRK氏を入れれば足りた。取締役として扱ったことは、事実上の取締役になったことを示すにすぎない |
| 議事録の性格 | 取締役が出席し議案が提出される形での株主総会は開かれていない。議事録は登記手続の必要から作成されたにすぎず、MRK氏は登記上任期満了が明らかでなく重任登記等の必要がなかったため、記載がないだけである | 一人会社の株主総会は一人株主だけの参加で行われ、自ら議案を上程して採択し、議事録に記載する。会社ではこの形で株主総会を開いている |
| 退任登記・解任登記 | 3月20日付けの退任登記がなく、かえって8月1日付けの解任登記がされている | 再任された取締役が2人にとどまり、取締役の員数を3人以上とする定款の定めにより、退任登記をしようとしてもできなかった。解任登記は、退任登記がされていない中で、MRK氏が自らの解任要求を出してきたことに応じるための便宜的な措置である |
| 信義則・禁反言 | 事実上の取締役という地位は、第三者に対する責任は負わされる一方で会社法339条2項に基づく請求はできないことになり、同項の潜脱となる。取締役として処遇しておきながら、解任に当たって同項の適用がないと主張することは、禁反言の原則により許されず、信義則に反する | (判決本文では、この点に対する会社の個別の反論は記載されていません) |
| 会社法339条2項の類推適用 | 同項の趣旨は、株主の解任の自由を保障しつつ、任期における継続的な報酬受領の期待を保護する点にある。株主全員の意思の下に取締役として扱われ、取締役としての処遇を受けていた場合には、その期待は保護されるべきであり、会社に不測の損害を与えることにもならない | いかなる取締役も再任を求める権利はなく、再任されずに退任した取締役には、任期制度を前提とした同項の適用はなく、類推適用の基礎も欠く |
| 解任の正当な理由 | 会社の主張する事実はいずれも否認し又は争う。仮にその事実を前提としても、一業務に落ち度があったにとどまり、正当な理由は認められない。解任の通知を出すよう述べたのは、辞任を拒否し、解任するならその旨の通知を出すよう求めたにすぎない | MRK氏は、顧客管理の基幹システムの開発方針の立案、旧システムから新システムへのデータ移行の作業、導入事業の進行管理の各職務を怠り、導入事業を3か月余り停滞させ、データ移行のための態勢として増員した社員2人を無駄にし、無益なシステム保守費用を生じさせた。善管注意義務及び忠実義務に違反する |
| 損害額 | 再任後の任期は令和7年3月までであり、残存任期分1,200万円(月額60万円の20か月分)。事実上の取締役であっても、類推適用により同じ | 否認し又は争う。前提を欠く |
| 相殺 | 否認し又は争う | 仮に正当な理由が認められなくても、MRK氏の任務懈怠による会社法423条に基づく損害賠償請求権合計1,306万7,489円(増員した社員の給与相当額及び募集費用573万7,252円、不必要な業者への支払14万844円、データ移行の遅延に伴う社員2人の給与相当額555万973円、従業員4人の社会保険料相当額163万8,420円)と対当額で相殺する |
表中の主張は、判決本文が記載した当事者の主張を当事務所が要約したものです。裁判所が認定した事実とは区別してお読みください。会社が主張した任務懈怠の事実は、判決では認定されていません。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
結論を左右した争点
判決は、争点を次の5つに整理しました。
- 元取締役MRK氏は取締役に再任されたか
- 解任に会社法339条2項が類推適用されるか
- 解任に正当な理由があるか
- 損害額
- 相殺の可否及び範囲
判決は、(1)と(2)をいずれも否定し、「その余の争点について判断するまでもなく」請求に理由はないとしました。結論を左右したのは、次の2点です。
- 任期満了の後も取締役と同等に処遇され、登記上も取締役のままであった者について、株主総会議事録に再任の記載がない場合に、一人株主の意思決定による再任が認められるか。
- 再任が認められない場合に、取締役として扱われていたことを理由に、会社法339条2項を類推適用できるか。
会社が主張した解任の正当な理由(システム導入事業をめぐる職務の懈怠)、損害額、会社法423条に基づく損害賠償請求権による相殺は、いずれも判断されていません。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
認定された事実
裁判所は、前提事実のほか、次の事実を認定しました。
- 令和5年3月20日の時点の取締役6人全員が同日に任期満了となり、議事録に代表取締役NGS氏ほか1名を再任する旨の記載がされて重任登記がされた一方、MRK氏を含むほか4人の取締役については、再任された旨の記載はなく、重任登記もされなかったが、退任登記もされなかったこと。
- MRK氏は、本件株主総会の後も、それ以前と同様の職務を続けたこと。NGS氏はMRK氏に取締役であることを前提とするメッセージを送り、8月1日の臨時株主総会でもMRK氏を取締役と記載するなど、NGS氏や会社がMRK氏を取締役あるいは役員として扱ったこと。
- 会社は、本件株主総会の後も、MRK氏に月額60万円を支払っていたこと。
裁判所は、MRK氏が取締役としての登記が残っていたばかりか取締役と同等の処遇を受けていた者であることを認め、代表取締役NGS氏自身も、重任登記がないことを除いてMRK氏の処遇に特段の変更がなかった旨を述べていることにも触れています。取締役として扱われていたという事実そのものは、判決でも否定されていません。
判断の枠組み―会社法339条2項は任期への期待を保護するもの
会社法339条2項は、役員を解任した場合に、その解任に正当な理由がある場合を除き、解任された者が解任によって生じた損害の賠償を株式会社に請求できると定めています。裁判所は、この規定の趣旨について、次のように述べました。
「しかし、会社法339条2項は、株主総会による解任の自由の保障と役員等の任期に対する期待の保護との調和を図ったものと解され、取締役として選任されておらず、取締役としての任期がない者については、同項の適用の前提を欠くものといわざるを得ない。」
つまり、判決は、会社法339条2項による保護の対象を、選任によって任期が定まった者の任期に対する期待と捉えています。そのため、まず再任があったかどうかが判断の出発点となり、再任が認められなければ、任期を前提とする損害賠償は成り立たないという枠組みになっています(この整理は当事務所の評価です)。
各主張を採用し又は排斥した理由
再任されなかったことが強く推認される
裁判所は、議事録にNGS氏ほか1名の再任が記載されMRK氏の記載がないこと、NGS氏らについては直ちに重任登記がされMRK氏についてはされていないことを指摘し、次のように述べました。
「このように、単に〔元取締役MRK氏〕の再任が本件株主総会議事録に記載されず、重任登記がされなかったというにとどまらず、〔代表取締役NGS氏〕らについては再任が本件議事録に記載され、直ちに重任登記がされたことに照らすと、〔元取締役MRK氏〕は、本件株主総会において、取締役として再任されなかったことが強く推認される。」
判決が重視したのは、記載がないことそのものよりも、同じ日に任期満了となった取締役のうち一部だけが再任の記載と重任登記を受けたという対比です。
同等の処遇と報酬の支払は、再任の根拠にならない
MRK氏は、NGS氏が任期満了後も自分を取締役として扱ったこと、月額60万円が支払われ続けたことを、一人株主による再任の根拠として主張しました。裁判所は、これらの点について、「〔金融情報分析会社QFA〕が、〔元取締役MRK氏〕について取締役と同等の処遇をしたといえるにとどまる。」としたうえで、次のように述べました。
「〔代表取締役NGS氏〕は、〔金融情報分析会社QFA〕の一人株主であり、〔元取締役MRK氏〕を取締役として再任する意思があったのであれば、本件株主総会においてその旨決定し、本件株主総会議事録においてもその旨を記載すれば足りるにもかかわらず、そのような記載がないことは、〔代表取締役NGS氏〕において、〔元取締役MRK氏〕を取締役に再任する意思がなかったことを裏付けるものといえる。」
一人株主の意思決定が株主総会決議に代わり得るというMRK氏の主張について、判決は、その考え方自体の当否を論じるのではなく、一人株主であるNGS氏に再任の意思がなかったと認定することで退けています(この整理は当事務所の評価です)。一人株主であれば議事録に記載するだけで再任できたのに記載しなかったことが、かえって再任の意思がなかったことの裏付けとされた点が特徴的です。
退任登記がなく解任登記がされたことも、再任の根拠にならない
MRK氏は、3月20日付けの退任登記がなく、8月1日に解任決議と解任登記がされていることも、再任の根拠として主張しました。裁判所は、会社が取締役会設置会社であり、定款で取締役の員数が3人以上とされているのに、本件株主総会の時点では2名が再任されたにとどまることを指摘し、次のように述べました。
「そうすると、取締役の員数を欠くことから〔元取締役MRK氏〕の退任登記を行うことができないから、〔元取締役MRK氏〕の退任登記をしなかったことは、〔元取締役MRK氏〕が再任されていないことと矛盾するものとはいえない。また、〔元取締役MRK氏〕の解任決議や解任登記をしたのは、〔元取締役MRK氏〕の退任登記がされていない中での便宜的な措置にとどまる旨の〔金融情報分析会社QFA〕の主張は、不合理なものとはいえない。」
判決は、員数を欠く場合に退任登記ができない理由となる法令の条文を示していません。当事務所の説明として補足すると、会社法346条1項は、法律又は定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了により退任した役員は、新たに選任された役員が就任するまで、なお役員としての権利義務を有すると定めています。判決は、MRK氏がこの規定による地位にあったかどうか、またその地位にある者を解任することができるかどうかについては、何も述べていません。
議事録は登記手続のためのものにすぎないという主張も採用しない
MRK氏は、議事録は登記手続の必要から作成されたにすぎず、自分については登記上任期満了が明らかでなく重任登記等の必要がなかったために記載がないと主張しました。裁判所は、重任登記の必要が必ずしもないとしても、そのことから直ちに議事録に再任の旨を記載せず重任登記をしないことにはつながらないとしたうえで、次のように述べました。
「むしろ、〔元取締役MRK氏〕を取締役として再任したのであれば本件株主総会議事録にその旨記載し、また重任登記をすることが自然であって、この点の〔元取締役MRK氏〕の主張も前記推認を妨げるものとはいえない。」
以上から、裁判所は、令和5年3月20日にMRK氏が取締役に再任されたとは認められないと判断しました。
会社法339条2項の潜脱・信義則違反の主張も採用しない
MRK氏は、事実上の取締役にすぎないという会社の主張は会社法339条2項の潜脱であり、取締役として処遇しておきながら解任に当たって同項の適用を否定することは信義則に反すると主張しました。裁判所は、前記の同項の趣旨を述べたうえで、次のように判断しました。
「また、〔金融情報分析会社QFA〕において、同項の適用を潜脱する目的で〔元取締役MRK氏〕を取締役として再任しなかったなどというに足りる事情があるともいえず、〔元取締役MRK氏〕が主張・指摘する諸点を踏まえても、本件解任について、会社法339条2項を適用することはできないし、同項の適用がない旨の〔金融情報分析会社QFA〕の主張が信義則に反するなどともいえない。」
判決は、同項の適用を潜脱する目的で再任しなかったという事情があれば別に考える余地があるかのような言い回しをしていますが、そのような事情があった場合にどうなるかは述べていません(この点は当事務所の読み方です)。
類推適用は、処遇の期間についての合意等がなく、基礎を欠く
MRK氏は、仮に再任されていないとしても、事実上の取締役として会社法339条2項が類推適用されるべきであると主張しました。裁判所は、MRK氏が取締役としての登記が残っていたばかりか取締役と同等の処遇を受けていた者であり、NGS氏も処遇に特段の変更がなかった旨を述べていることを認めつつ、次のように判断しました。
「しかし、〔元取締役MRK氏〕が取締役として再任されたとは認められないことは前記のとおりであり、〔元取締役MRK氏〕を取締役と同等の処遇をすべき期間についての合意等があったとも認められない。取締役として選任されず、取締役としての任期がない状態における本件解任については、同項の趣旨に照らしてこれを類推適用すべき基礎を欠くものといわざるを得ない。」
判決は、類推適用を否定する理由として、再任がないことに加えて、取締役と同等の処遇をすべき「期間」についての合意等がないことを挙げています。会社法339条2項が保護するのは任期に対する期待であるという理解からすると、保護されるべき期間の裏付けがないことが類推適用を否定する決め手になったと読めます(この整理は当事務所の評価です)。
正当な理由・損害額・相殺は判断されていない
裁判所は、「以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、〔元取締役MRK氏〕の請求に理由はない。」として、請求を棄却しました。会社が主張した、システム導入事業をめぐる職務の懈怠が解任の正当な理由に当たるかどうか、残存任期の報酬1,200万円が損害に当たるかどうか、会社法423条に基づく合計1,306万7,489円の損害賠償請求権による相殺ができるかどうかは、いずれも判断されていません。会社が主張した任務懈怠の事実が認定されたわけではない点に注意が必要です。
主文及び結論
判決の主文は、「〔元取締役MRK氏〕の請求を棄却する。」「訴訟費用は、〔元取締役MRK氏〕の負担とする。」というものです。
元取締役MRK氏の1,200万円とその遅延損害金の請求は、全部認められませんでした。理由は、令和5年3月20日に取締役に再任されたとは認められず、取締役としての任期がない状態での解任には、会社法339条2項を適用することも類推適用することもできないというものです。
| 争点 | 判決の判断 |
|---|---|
| 再任の有無 | 再任されたとは認められない |
| 会社法339条2項の適用 | 任期がない者には適用の前提を欠く。潜脱・信義則違反の主張も採用しない |
| 会社法339条2項の類推適用 | 同等の処遇をすべき期間についての合意等もなく、類推適用の基礎を欠く |
| 解任の正当な理由 | 判断していない |
| 損害額 | 判断していない |
| 相殺 | 判断していない |
| 結論 | 請求棄却(請求額1,200万円)。訴訟費用は元取締役の負担 |
判断の射程
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。
参考となる点
- 会社法339条2項の損害賠償は、取締役としての任期があることが前提とされたこと。判決は、同項を、株主総会による解任の自由の保障と役員等の任期に対する期待の保護との調和を図ったものと解し、選任されておらず任期がない者には適用の前提を欠くとしました。解任された役員の側からみると、残存任期の報酬を請求するには、まず自分がいつ選任され、任期がいつまでかを示せることが出発点になります。
- 取締役と同等の処遇や報酬の支払が続いていても、再任の証拠としては足りないとされたこと。本件では、任期満了後も同じ職務を続け、月額60万円が支払われ、代表取締役から取締役として扱うメッセージを受け、臨時株主総会でも取締役と記載されていました。それでも判決は、取締役と同等の処遇をしたといえるにとどまるとしました。
- 同時に任期満了となった他の取締役との対比が重視されたこと。議事録に一部の取締役だけが再任と記載され、その取締役だけに重任登記がされていたことが、再任されなかったことを強く推認させる事情とされました。一人株主の会社でも、議事録と登記の記載は重い意味を持ちます。
- 退任登記がないことや解任の決議・登記がされたことも、再任の根拠とされなかったこと。取締役の員数を欠くために退任登記ができなかったこと、解任の決議・登記は便宜的な措置にとどまるという会社の主張が不合理でないことが理由とされました。登記上取締役のままであることや、解任の手続がとられたことだけでは、任期があったことにはならないと判断された例です。
- 類推適用には、処遇をすべき期間についての合意等が問題とされたこと。判決は、類推適用を否定する理由として、取締役と同等の処遇をすべき期間についての合意等がないことを挙げました。任期満了後に取締役としての処遇を続けることになった場合には、どのような地位で、いつまで処遇を受けるのかを書面で確認しておくことが、後の紛争で意味を持ち得ることを示しています。
一般化できない点
- 本件は、株主が代表取締役ただ一人の会社で、同じ日に任期満了となった6人の取締役のうち2名だけが議事録に再任と記載され重任登記がされたという事案です。議事録の作成や登記の扱いが異なる会社や、株主が複数いる会社に、そのまま当てはまるとは限りません。
- 判決は、一人株主の意思決定が株主総会決議に代わり得るかどうかについて一般論を述べたものではありません。本件では、一人株主に再任の意思がなかったと認定されたことにより、再任が否定されています。一人株主に再任の意思があったことを示す事情がある事案では、判断が異なる可能性があります。
- 判決は、会社が同項の適用を潜脱する目的で再任しなかったという事情は認められないとしています。そのような目的をうかがわせる事情がある事案についての判断は示していません。
- 判決は、任期満了後の元取締役が、取締役の員数が欠けた場合に退任した役員がなお権利義務を有するとする会社法346条1項の地位にあったかどうかや、その地位と解任・損害賠償との関係について、判断を示していません。
- 解任の正当な理由、損害額、相殺については判断されていません。会社が主張したシステム導入事業をめぐる任務懈怠の事実も認定されていないため、本判決から、その事実が解任の正当な理由に当たるかどうかを読み取ることはできません。
- 元取締役は平成29年に入社して取締役となり、解任の前には代表取締役から「来月から次長として働いてください」とのメッセージを受けていますが、従業員としての地位や賃金については、本件では請求されておらず、判決も判断していません。
- 本判決は第一審の判決であり、控訴の有無及び確定は確認できていません。
よくあるご質問
任期が満了した後も、取締役として同じ報酬をもらい、同じ仕事を続けていました。その後に解任された場合、残りの任期の報酬を請求できますか。
任期満了の際に取締役に再任されていたかどうかが、まず問題になります。本判決では、任期満了後も同じ職務を続け、同じ月額60万円の報酬を受け、代表取締役から取締役として扱われていた元取締役について、株主総会議事録に再任の記載がなく重任登記もされていないことなどから、再任は認められませんでした。そのうえで、取締役としての任期がない者には会社法339条2項の適用も類推適用もないとして、残存任期の報酬に当たる損害賠償の請求が棄却されています。
会社の株主は社長一人だけです。社長が自分を取締役として扱っていたのなら、再任されたことになりませんか。
本件の元取締役も同じ主張をしましたが、判決は、一人株主であれば株主総会で再任を決定し議事録に記載すれば足りたのに、その記載がないことは、むしろ再任の意思がなかったことを裏付けるとしました。取締役として扱われていたことは、取締役と同等の処遇をしたといえるにとどまるとされています。社長の言動だけでなく、議事録や登記に再任がどう記載されているかを確認することが大切です。
登記には取締役として残っていて、会社は解任の決議と解任登記までしています。それでも任期はなかったことになるのですか。
本判決では、退任登記がされなかったのは、再任された取締役が2名だけで、定款で定めた3人以上という員数を欠いたためであり、再任されていないことと矛盾しないとされました。解任の決議と解任登記も、退任登記がされていない中での便宜的な措置にとどまるという会社の主張が不合理でないとされています。登記上取締役であることや解任の手続がとられたことだけでは、新たな任期があったとは認められなかった例です。
会社からは、在任中の職務の懈怠を理由に、解任には正当な理由があると言われています。本判決はこの点をどう判断しましたか。
本判決は、再任と類推適用の点で請求を棄却したため、解任の正当な理由については判断していません。会社が主張したシステム導入事業をめぐる職務の懈怠や、会社法423条に基づく損害賠償請求権との相殺も、判断されていません。任期があることが認められる事案では、会社が主張する解任の理由が正当な理由に当たるかどうかを、別に検討する必要があります。
任期満了の前後に、取締役の側で確認しておくべきことはありますか。
本判決を踏まえると、任期満了の時期に、株主総会議事録に自分の再任が記載されているか、重任登記がされているかを確認しておくことが考えられます。再任の手続がとられないまま取締役としての処遇が続く場合には、どのような立場で、いつまで処遇を受けるのかを書面で確認しておくことが、後の紛争で意味を持ち得ます。判決は、類推適用を否定する理由として、取締役と同等の処遇をすべき期間についての合意等がないことを挙げています。
役員をおりて従業員として働くよう求められ、断ったところ解任されました。従業員としての地位はどうなりますか。
本件の元取締役も、解任の前に代表取締役から「来月から、役員をおりてもらいます」「来月から次長として働いてください」というメッセージを受けていました。しかし、本件で請求されたのは会社法339条2項に基づく損害賠償だけであり、従業員としての地位や賃金については判断されていません。取締役に就任する前から従業員として勤務していた方の場合、取締役を解任された後の従業員としての地位は、別に検討する必要があります。
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取締役を解任された場合に残存任期の役員報酬に当たる損害賠償を請求するには、まず、いつ選任され、任期がいつまでであったかを、株主総会議事録、登記事項、定款の任期の定めによって確認します。任期満了の前後に再任の手続がとられたかどうか、その後の処遇がどのような合意に基づくものかを整理したうえで、解任の正当な理由の有無と損害額を検討します。解任に正当な理由がない場合の損害賠償の考え方は解任に正当な理由がない場合の損害賠償の請求で、当事務所の対応は正当な理由のない解任と残存任期の役員報酬の御相談のページで御案内しています。取締役を解任された後の従業員としての地位については取締役の解任に伴う従業員の地位の御相談のページを、役員の不当な解任・辞任の強要の全般は役員の不当な解任・辞任の強要の総合案内を、他の裁判例は役員の解任・辞任の裁判例の解説記事一覧をご覧ください。
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この記事の位置付け
任期満了後も取締役として扱われ報酬を受けていたのに解任された元取締役の方に向けて、株主総会で再任された記録がない場面の判例を、残存任期の報酬の損害賠償の可否という観点から解説します。
解任に正当な理由がない場合の残存任期の役員報酬の請求についての当事務所の対応は、正当な理由のない解任と残存任期の役員報酬の御相談のページで御案内しています。
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