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取締役2名の解任の正当な理由と経費の私的利用―東京地方裁判所令和6年7月18日判決

公開 2024年7月18日更新 2024年7月18日

▶ 正当な理由のない解任と残存任期の役員報酬の御相談

薬局を経営する会社とそのグループ会社で、同じ時期に解任された2人の取締役が、解任に正当な理由がないとして、会社法339条2項に基づき残りの任期の役員報酬相当額と退職金相当額の損害賠償を求めた場面の判例です。東京地方裁判所令和6年7月18日判決は、会社から退職を求められてこれを拒み、自宅待機と出社命令の応酬を経て臨時株主総会で解任された取締役については、会社が挙げた5つの解任理由をいずれも退け、正当な理由がないとして、任期満了までの16か月分の役員報酬相当額1,920万円の支払を命じました。他方、グループ3社の代表取締役・取締役であった元代表取締役社長については、家電製品・日用品の購入、親族の携帯電話料金、都内での宿泊費、従業員から集めた忘年会の会費などを会社に負担させた経費の私的利用等を認め、これを正当な理由として請求を全部棄却し、反対に会社側の反訴請求のうち1,129万4,521円の支払を命じました。

本記事では、同じ判決の中で2人の結論が分かれた理由を中心に、裁判所が示した「正当な理由」の判断基準、会社側が取締役の義務違反として主張した監視義務違反、協賛金の負担、金庫の暗証番号や貸与された携帯電話の情報の不開示、出社命令の拒否がどのように評価されたか、残りの任期がいつまでと判断されたか、退職金相当額の請求が認められなかった理由を整理します。あわせて、解任後に会社から在任中の経費の使い方を理由に損害賠償を請求された元代表取締役社長について、創業者の発言や決裁による承認の主張が認められなかった理由も紹介します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 創業者一族が支配する薬局グループ
    2. 2人の取締役の報酬
    3. 創業者の休職と「会社をクリーンにしたい」という指示
    4. 元取締役TKS氏に対する退職の求めと解任
    5. 元代表取締役社長MRK氏の解職と解任
    6. 3つの事件
  4. 事案の経緯
  5. 判断の前提となった定款と覚書の定め
    1. 薬局運営会社PHMの定款第19条―取締役の任期
    2. 薬局運営会社PHMの定款第23条―報酬
    3. 薬局運営会社PHMの定款第24条―営業年度
    4. 店舗工事・不動産賃貸会社KRTと看板製作・広告会社SGNの任期の定め
    5. 元代表取締役社長MRK氏の退職慰労金に関する覚書
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 請求の内容
    2. 解任の正当な理由に関する主張の対比
    3. 経費の私的利用に関する元代表取締役社長MRK氏の反論
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 「正当な理由」の判断基準
    2. 経費の私的利用といえるための基準
    3. 経費精算の実際の運用
    4. 元取締役TKS氏と会社との紛争の経緯
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 元代表取締役社長MRK氏の経費の私的利用等として認められたもの
    2. 創業者の発言や決裁による承認は認められなかった
    3. 追加された請求の消滅時効は完成していない
    4. 元代表取締役社長MRK氏の解任には正当な理由がある
    5. 元取締役TKS氏の解任には正当な理由がない
    6. 残りの任期は、定款の規定上の上限ではなく、実際の定時株主総会の日まで
    7. 退職金相当額は認められなかった
    8. 代表取締役への重任に関する4,250万円の請求も認められなかった
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 会社が解任の理由として挙げた事情が本当なら、正当な理由があることになりますか。
    2. 退職を求められて断ったところ、自宅待機や出社命令を受け、その後に解任されました。
    3. 他の役員の経費の不正を見逃したとして解任されました。正当な理由になりますか。
    4. 残りの任期の報酬は、いつまでの分を請求できますか。
    5. 残りの任期の報酬に加えて、退職金相当額も請求できますか。
    6. 解任された後に、会社から在任中の経費の使い方を理由に損害賠償を請求されました。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

項目 内容
裁判所 東京地方裁判所(民事第8部)
裁判日 令和6年7月18日
事件番号 平成31年(ワ)第1621号、令和2年(ワ)第15027号、令和4年(ワ)第70125号
裁判の形式 判決
審級 第一審
事件の構成 判決本文は、元役員2名が会社に解任による損害賠償を求めた「第1事件本訴」、会社が元代表取締役社長に経費の私的利用等による損害賠償を求めた「第1事件反訴」、会社が元代表取締役社長に代表取締役への重任に関する損害賠償を求めた「第2事件」を、1つの判決で判断しています
結論 元取締役TKS氏の請求を一部認容(1,920万円)。元代表取締役社長MRK氏の請求は全部棄却。会社の元代表取締役社長MRK氏に対する請求を一部認容(1,129万4,521円)。その余の請求はいずれも棄却
上訴の状況 本判決に対しては控訴が提起されています。控訴審の判断は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。遅延損害金の利率は、平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」といいます)所定の年5分によるものと、改正後の民法所定の年3パーセントによるものとが判決本文に現れます。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
元取締役TKS氏 第1事件本訴の原告の一人。平成8年11月に薬局運営会社PHMに入社し、平成26年4月から同社の取締役を務め、平成30年6月18日に取締役に重任されました。持株会社HDKの管理本部長として、グループの経費精算書の内容を確認する立場にもありました。平成30年12月26日の臨時株主総会で取締役から解任されました
元代表取締役社長MRK氏 第1事件本訴の原告の一人で、第1事件反訴と第2事件では請求を受けた側です。平成17年1月に薬局運営会社PHMに入社し、平成20年から取締役、平成27年10月1日から代表取締役を務め、店舗工事・不動産賃貸会社KRTの代表取締役、看板製作・広告会社SGNの取締役も兼ねていました。平成30年10月24日に代表取締役から解職され、同年11月17日に3社の取締役から解任されました
薬局運営会社PHM 薬局の経営、化粧品及び日用品雑貨の販売等を目的とする株式会社です。第1事件本訴の被告であり、第1事件反訴と第2事件では請求する側です
店舗工事・不動産賃貸会社KRT 不動産賃貸業、医療に関する経営指導、建築工事業、内装仕上げ工事業等を目的とする株式会社です。第1事件本訴の被告です
看板製作・広告会社SGN 広告代理業、総合看板の製作販売、店舗工事等を目的とする株式会社です。第1事件本訴の被告でしたが、令和3年10月1日に店舗工事・不動産賃貸会社KRTに吸収合併され、訴訟は店舗工事・不動産賃貸会社KRTが承継しました
持株会社HDK 平成27年10月1日以降、上記3社と旅行手配会社TRVの全株式を保有する親会社です。訴訟の当事者ではありません
創業者FDR氏 薬局運営会社PHMの設立時の代表取締役で、持株会社HDKの代表取締役です。平成27年9月30日に薬局運営会社PHMの代表取締役・取締役を辞任しましたが、判決の時点では、薬局運営会社PHMの代表取締役の一人を務めています。訴訟の当事者ではありませんが、薬局運営会社PHMの代表者として尋問を受けています
創業者の妻CHY氏 創業者FDR氏の妻で、平成30年6月3日に持株会社HDKの代表取締役に選定されました
旅行手配会社TRV グループ各社の依頼により役員・従業員の宿泊や交通手段を手配していたグループ会社です。令和3年10月1日に店舗工事・不動産賃貸会社KRTに吸収合併されました

判決は、薬局運営会社PHM、店舗工事・不動産賃貸会社KRT及び看板製作・広告会社SGNの3社をあわせて「被告3社」と呼び、持株会社HDKとその子会社をあわせて「グループ」と呼んでいます。本記事では、それぞれ「3社」「PHMグループ」と表記します。このほか、薬局運営会社PHMの現在のもう一人の代表取締役、元代表取締役社長MRK氏の父と家族、かつて薬局運営会社PHMの株主であった会社、協賛金の支払先であるジム、工事資材やLEDライトの購入先、グループの執行役員などが登場します。いずれも本記事では役割だけで表記します。

事案の概要

創業者一族が支配する薬局グループ

薬局運営会社PHMは、平成4年1月22日に、創業者FDR氏と創業者の妻CHY氏が経営する薬局の経営等を目的として設立されました。設立時の代表取締役は創業者FDR氏で、元取締役TKS氏が入社する平成8年頃までは、2人で業務を行っていました。平成27年10月1日、PHMグループは、持株会社HDKを親会社とし、薬局運営会社PHM、店舗工事・不動産賃貸会社KRT、看板製作・広告会社SGN及び旅行手配会社TRVを子会社とする体制に移りました。創業者FDR氏は、これに先立つ平成27年9月30日に薬局運営会社PHMの代表取締役及び取締役を辞任して10億円の退職慰労金を受領し、持株会社HDKの代表取締役会長兼社長に就任しました。薬局運営会社PHMの代表取締役社長には、元代表取締役社長MRK氏が就任しました。

判決の認定によれば、薬局運営会社PHMの株式は、平成27年10月1日以降、持株会社HDKが200株すべてを保有し、持株会社HDKの株式は、遅くとも平成29年4月以降、創業者FDR氏とその子2人が全株式を保有していました。

2人の取締役の報酬

前提事実として、元代表取締役社長MRK氏の報酬は、薬局運営会社PHMで月額850万円、店舗工事・不動産賃貸会社KRTで月額30万円、看板製作・広告会社SGNで月額10万円でした。元取締役TKS氏の薬局運営会社PHMにおける報酬は月額120万円でした。いずれも争いがありません。

創業者の休職と「会社をクリーンにしたい」という指示

平成30年6月3日、創業者FDR氏は、自身による経費の私的利用等を理由として、持株会社HDKの代表取締役を3か月間休職することとなり、同日、創業者の妻CHY氏が持株会社HDKの代表取締役に選定されました。判決は、創業者の妻CHY氏が、元代表取締役社長MRK氏に対し、1年間は重要な事項は変更せずに今までどおりとするよう依頼したこと、元取締役TKS氏に創業者FDR氏の経費の私的利用に関する調査を指示したこと、2人に会社をクリーンにしたい旨を述べて経費の私的利用を止めるよう指示したこと、他の役員の経費の私的利用に関する調査は指示しなかったことを認定しています。また、創業者の妻CHY氏は、当時、元代表取締役社長MRK氏が3社の経費を私的に利用しているとは認識していなかったと認定されています。同月18日、2人はそれぞれ取締役に重任されました。

元取締役TKS氏に対する退職の求めと解任

平成30年8月15日、元取締役TKS氏は、元代表取締役社長MRK氏の指示により、持株会社HDKがスポンサー契約を結んでいたジムに対し、薬局運営会社PHMの負担で協賛金200万円を支払いました。同年9月、休職を終えた創業者FDR氏がこの協賛金の処理について疑念を示したことから、元取締役TKS氏は、不信感を抱かれたことは残念であると伝え、取締役を退任する旨を申し出ました。その翌日には、創業者の妻CHY氏が、元取締役TKS氏の不在中に、同氏が管理する金庫の暗証番号を求め、同氏が暗証番号を教えることは控えたいとして直ちに出社して対応すると伝えたのに対し、出社は必要ないと答えて、業者に金庫を破壊させて印鑑を取り出しました。さらにその翌日、創業者の妻CHY氏は、10月10日までに引継ぎをして退職してほしいと連絡し、元取締役TKS氏は、一方的な退職強要には応じられない旨の回答書を提出しました。

平成30年10月24日、薬局運営会社PHMは、元取締役TKS氏に対し、不正経理及びパワーハラスメント行為があった旨の報告を受けたとして、調査のための自宅待機を命じ、会社の代理人弁護士が貸与していた携帯電話端末の返還とパスワードの開示を求めました。元取締役TKS氏は端末を返還しましたが、私的な情報の扱いについて別途協議したいとしてパスワードの開示には応じず、話合いがつかないまま、遅くとも同年11月15日頃までに端末を初期化してデータを消去しました。同年12月、会社は自宅待機を解除して数回にわたり出社を命じましたが、元取締役TKS氏は、事情聴取を受けるのであれば自分の代理人弁護士の立会いを条件とするなどとして応じず、会社はその条件に応じませんでした。同年12月26日、薬局運営会社PHMは臨時株主総会を開いて元取締役TKS氏を取締役から解任しました。

元代表取締役社長MRK氏の解職と解任

平成30年10月24日、薬局運営会社PHMと店舗工事・不動産賃貸会社KRTは、書面決議により、元代表取締役社長MRK氏を代表取締役から解職しました。続いて同年11月17日、3社は、株主総会決議により、元代表取締役社長MRK氏を取締役から解任しました。

3つの事件

2人の元役員は、正当な理由なく解任されたとして、残りの任期の役員報酬相当額と退職金相当額の損害賠償を求めて提訴しました(第1事件本訴)。これに対し、薬局運営会社PHMは、店舗工事・不動産賃貸会社KRTと看板製作・広告会社SGNから元代表取締役社長MRK氏に対する損害賠償請求権の譲渡を受けたうえで、経費の不正利用等による損害賠償を求める反訴を提起し(第1事件反訴)、さらに、元代表取締役社長MRK氏が経費の私的利用を隠して代表取締役に重任させたとして、重任後に支払った報酬相当額の損害賠償を求める訴えを提起しました(第2事件)。

事案の経緯

時期 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成4年1月22日 薬局運営会社PHMが設立される。代表取締役は創業者FDR氏
平成8年11月 元取締役TKS氏が薬局運営会社PHMに入社
平成17年1月 元代表取締役社長MRK氏が薬局運営会社PHMに入社(平成20年から取締役)
平成26年4月 元取締役TKS氏が薬局運営会社PHMの取締役に就任
平成27年9月30日 創業者FDR氏が薬局運営会社PHMの代表取締役・取締役を辞任し、10億円の退職慰労金を受領
平成27年10月1日 持株会社HDKを親会社とする体制に移行。元代表取締役社長MRK氏が薬局運営会社PHMの代表取締役社長に就任
平成27年11月24日 薬局運営会社PHM、持株会社HDK及び元代表取締役社長MRK氏の間で退職慰労金に関する覚書を作成(同月26日の定時株主総会で承認)
平成30年6月3日 創業者FDR氏が自身の経費の私的利用等を理由に持株会社HDKの代表取締役を休職(同年9月3日まで)。創業者の妻CHY氏が持株会社HDKの代表取締役に選定される
平成30年6月18日 元代表取締役社長MRK氏と元取締役TKS氏が、それぞれ取締役に重任される
平成30年8月15日 元取締役TKS氏が、元代表取締役社長MRK氏の指示により、ジムへの協賛金200万円を薬局運営会社PHMの負担で支払う
平成30年9月18日 協賛金の処理について創業者FDR氏が疑念を示し、元取締役TKS氏が取締役の退任を申し出る
平成30年9月19日 創業者の妻CHY氏が金庫の暗証番号を求め、元取締役TKS氏が開示を控えて出社対応を申し出たが、出社は不要とされ、金庫が業者により破壊される
平成30年9月20日 創業者の妻CHY氏が、元取締役TKS氏に10月10日までの引継ぎと退職を求める
平成30年10月10日 元取締役TKS氏が、一方的な退職強要には応じられない旨の回答書を提出
平成30年10月24日 元代表取締役社長MRK氏が代表取締役から解職される。元取締役TKS氏に自宅待機命令。携帯電話端末の返還とパスワードの開示が求められる
遅くとも平成30年11月15日頃 元取締役TKS氏が携帯電話端末を初期化し、データを消去
平成30年11月17日 3社の株主総会決議により、元代表取締役社長MRK氏が取締役から解任される
平成30年12月18日から26日 自宅待機命令の解除と数次の出社命令。元取締役TKS氏は応じない。同月25日に12月分の役員報酬が支払われる
平成30年12月26日 臨時株主総会の決議により、元取締役TKS氏が取締役から解任される
平成31年 2人の元役員が提訴(第1事件本訴)。会社に対する訴状送達の日の翌日は平成31年3月2日
令和2年3月31日 店舗工事・不動産賃貸会社KRTと看板製作・広告会社SGNが、元代表取締役社長MRK氏に対する損害賠償請求権を含む一切の債権を薬局運営会社PHMに譲渡
令和2年4月13日 薬局運営会社PHMの定時株主総会。判決は、元取締役TKS氏の任期はこの日までであったと認定
令和3年10月1日 看板製作・広告会社SGNと旅行手配会社TRVが、店舗工事・不動産賃貸会社KRTに吸収合併される
令和4年10月20日 薬局運営会社PHMが、訴えの変更により反訴の請求を追加
令和6年3月14日 元代表取締役社長MRK氏が、追加された請求について消滅時効を援用
令和6年7月18日 東京地方裁判所が判決

判断の前提となった定款と覚書の定め

判決本文は、3社の定款について「要旨、以下の定めがあった」として条項を掲げています。以下の囲みは、判決本文が要旨として掲げた内容であり、定款の条文そのものではありません(会社名は本記事の表記に置き換えています)。

薬局運営会社PHMの定款第19条―取締役の任期

取締役の任期は、就任後2年内の最終の決算期に関する定時株主総会の終結の時までとし、監査役の任期は、就任後4年内の最終の決算期に関する定時株主総会の終結の時までとする。(第19条)

元取締役TKS氏の残りの任期を判断する出発点となった条項です。

薬局運営会社PHMの定款第23条―報酬

取締役及び監査役の報酬は、それぞれ株主総会の決議をもって定める。(第23条)

判決は、退職金相当額の損害を否定する場面で、退職金の支払はその都度この定めにより株主総会の決議によって定められていたものといえると述べています。

薬局運営会社PHMの定款第24条―営業年度

〔薬局運営会社PHM〕の営業年度は、毎年4月1日から翌年3月31日までの年1期とする。(第24条)

店舗工事・不動産賃貸会社KRTと看板製作・広告会社SGNの任期の定め

判決本文によれば、店舗工事・不動産賃貸会社KRTの定款第19条第1項は、取締役の任期を「就任後1年以内に終了する事業年度のうち、最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」とし、看板製作・広告会社SGNの定款第23条は、取締役の任期を「就任後5年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」としていました。もっとも、元代表取締役社長MRK氏については解任に正当な理由があるとされたため、判決はこれらの会社での残りの任期を判断していません。

元代表取締役社長MRK氏の退職慰労金に関する覚書

薬局運営会社PHM、持株会社HDK及び元代表取締役社長MRK氏の間では、平成27年11月24日付けの退職慰労金に関する覚書が作成され、同月26日の定時株主総会で承認されていました。判決本文が記載する覚書の内容は、次のとおりです(判決本文は「旨が定められていた」として記載しており、覚書の文言そのものとは限りません)。

〔元代表取締役社長MRK氏〕の退職慰労金の基本額は、代表取締役社長在任期間が1年を経過したときの基本額を1000万円とし、以後基本額は、1年間経過ごとに1000万円ずつ増額する。ただし、上限金額は2億円とする。退職慰労金は上記の基本額の範囲内で、〔元代表取締役社長MRK氏〕の在任期間、〔薬局運営会社PHM〕の業績等に対する〔元代表取締役社長MRK氏〕の寄与(プラス・マイナスを含む)、〔元代表取締役社長MRK氏〕の退職時における〔薬局運営会社PHM〕の業績及び〔薬局運営会社PHM〕の支払余力等を鑑みて決定する

元代表取締役社長MRK氏は、この覚書に基づき任期満了までの退職金として4,000万円が支払われたはずであると主張し、会社は、覚書に基づき退職金を0円と決定したと主張しました。判決は、解任に正当な理由があるとして、この点を判断していません。

当事者の請求と主要な主張

請求の内容

事件 請求する側と相手方 請求の内容
第1事件本訴 元取締役TKS氏から薬局運営会社PHMへ 会社法339条2項に基づき、2,880万円(残りの任期の役員報酬相当額2,280万円と退職金相当額720万円の請求を基礎とするもの)と遅延損害金
第1事件本訴 元代表取締役社長MRK氏から3社へ 会社法339条2項に基づき、薬局運営会社PHMに2億1,000万円(役員報酬相当額1億7,000万円と退職金相当額4,000万円)、店舗工事・不動産賃貸会社KRTに600万円、看板製作・広告会社SGNの分として430万円(訴訟承継により店舗工事・不動産賃貸会社KRTに対する請求)と遅延損害金
第1事件反訴(1) 薬局運営会社PHMから元代表取締役社長MRK氏へ 経費の不正利用等による損害賠償2,175万8,047円(3社の分の合計)。主位的に民法709条、予備的に会社法423条1項
第1事件反訴(2) 薬局運営会社PHMから元代表取締役社長MRK氏へ 店舗工事・不動産賃貸会社KRTの工事費用と仮装した支払による損害賠償232万5,240円
第1事件反訴(3) 薬局運営会社PHMから元代表取締役社長MRK氏へ 令和4年10月20日に追加した経費の不正利用による損害賠償1,322万7,198円
第2事件 薬局運営会社PHMから元代表取締役社長MRK氏へ 経費の私的利用を明らかにせず代表取締役に重任させたことによる損害賠償4,250万円(重任後に支払った取締役報酬相当額)

元取締役TKS氏の請求額2,880万円は、判決本文の請求の趣旨の記載によります。争点に対する主張の部分では、役員報酬相当額2,280万円(平成31年1月から令和2年6月まで)と退職金相当額720万円(月額報酬120万円に取締役在職年数6年を乗じた額)が主張されています(両者の合計は3,000万円であり、請求額との関係は判決本文からは明らかではありません)。

解任の正当な理由に関する主張の対比

対象 会社側の主張 解任された役員の主張
元代表取締役社長MRK氏 3社名義のクレジットカード等で私的な家電製品や日用品を購入し、交際費や親族のための費用を支払い、忘年会の会費を領得した。誕生日会の開催の強制等で会社を私物化し、グループに多額の損失を与え、コンプライアンスと従業員の意欲を失わせた 経費の利用は創業者FDR氏と創業者の妻CHY氏による事前の承諾又は事後の承認を得ていた。異性との関係は個人の問題であり、私的な用事を従業員に頼むことも許容する企業文化があった。レクリエーションへの参加は従業員の意欲の向上に努めたものである
元取締役TKS氏(1)監視義務 経費の決裁に関与しており、元代表取締役社長MRK氏の私的利用を容易に防止できたのに看過し、又は認識しながら指摘しなかった 創業者FDR氏から創業者一族や一部の役員の経費には口を出すなと指示されていた。平成30年6月以降も、創業者の妻CHY氏から他の役員の経費の調査は指示されておらず、数か月で調査に着手していなかったことをもって適性を欠くとはいえない
元取締役TKS氏(2)協賛金 持株会社HDKが負担すべきジムへの協賛金200万円を薬局運営会社PHMに負担させたのは善管注意義務違反 協賛金の支払は相当なものである
元取締役TKS氏(3)金庫 管理する金庫2台の暗証番号を創業者の妻CHY氏に開示する義務があるのに拒絶した 自宅待機処分等の理由とされた不正経理やパワーハラスメントの具体的事実が示されない状況では、解任の正当な理由に当たらない
元取締役TKS氏(4)携帯電話 貸与された携帯電話のパスワードと業務情報を開示せず、端末を初期化して情報を消去した 同上
元取締役TKS氏(5)出社命令 度重なる出社命令に正当な理由なく従わなかったのは忠実義務違反 会社が強要した事情聴取は、手続、態様、必要性等において合理性がない

表中の主張は、判決本文が記載した当事者の主張を当事務所が要約したものです。裁判所が認定した事実とは区別してお読みください。

経費の私的利用に関する元代表取締役社長MRK氏の反論

元代表取締役社長MRK氏は、個々の支出の業務上の必要性を争うとともに、経費の利用については、3社の100パーセント株主である持株会社HDKの代表取締役であった創業者FDR氏又は創業者の妻CHY氏による包括的な事前の承諾、精算書の決裁による事後の承認、又は会社法424条の総株主の同意による責任の免除があったと主張しました。創業者FDR氏が日頃から、個人的な費用に含まれる可能性がある経費ももっと会社に請求してよい、会社に貢献しているのだから家族のために使った経費も請求してよいなどと述べていたという主張です。また、追加された請求について消滅時効を援用しました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を7つに整理しました。経費の不正利用等の有無と額(争点1)、事前の承諾・事後の承認・総株主の同意による責任の免除の有無(争点2)、3社の損害(争点3)、追加された請求の消滅時効等(争点4)、2人の解任についての正当な理由の有無(争点5)、2人の損害(争点6)、代表取締役への重任に関する損害賠償請求権の成否(争点7)です。

解任された役員の側からみて結論を分けたのは、次の点でした。

  1. 会社法339条2項の「正当な理由」をどのような基準で判断するか。
  2. 元代表取締役社長MRK氏について、業務上の必要性のない経費の支出がどの範囲で認められ、創業者による承諾や決裁による承認があったといえるか。認められた私的利用等は、解任の正当な理由に当たるか。
  3. 元取締役TKS氏について、会社が挙げた監視義務違反、協賛金の負担、金庫の暗証番号と携帯電話の情報の不開示、出社命令の拒否は、取締役としての義務違反として解任の正当な理由に当たるか。
  4. 正当な理由がない場合に、残りの任期はいつまでと判断され、退職金相当額も損害に含まれるか。

判決は、元代表取締役社長MRK氏については(2)を肯定して正当な理由があるとし、元取締役TKS氏については(3)をすべて否定して正当な理由がないとしたうえで、(4)について役員報酬相当額だけを損害と認めました。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

「正当な理由」の判断基準

判決は、会社法339条2項の「正当な理由」について、次のように述べました。

「会社において取締役として職務の執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的、合理的な事情が存在する場合をいうものと解される。」

判決は、この基準を2人に共通して用い、会社側が主張する個々の事情が、客観的、合理的な事情として取締役としての義務違反を構成するかどうかを、紛争の経緯に照らして一つずつ検討しています。

経費の私的利用といえるための基準

判決は、経費の私的利用が不法行為又は善管注意義務違反に当たるためには、経費の支出について業務上の必要性がないと認められることが必要であるとし、次のように述べました。

「業務上の必要性がないと認めるに足りないもの(業務上の必要性がないことが明らかでないものを含む。)については、不法行為又は善管注意義務違反に該当する経費の私的利用であると認めることはできない。」

つまり、会社側が業務上の必要性がないことを示せなかった支出は、私的利用とは認められないという枠組みです(この整理は当事務所の評価です)。この結果、会社側が主張した多くの項目が0円又は一部の認定にとどまりました。

経費精算の実際の運用

判決は、PHMグループでは、経費を支出した取締役を含む従業員が営業経費等精算書を作成し、1回1万円以上の支出には稟議書と営業経費報告書を添付することになっていたこと、精算書は持株会社HDKの管理部に提出され、管理本部長である元取締役TKS氏らが内容を確認していたことを認定しました。他方で、元代表取締役社長MRK氏の精算書には稟議書と営業経費報告書が添付されないことが少なからずあったこと、実際には、取締役以上の者の経費は、創業者FDR氏が代表取締役を務める会社では代表取締役として、そうでない会社では持株会社HDKの代表取締役として許否を判断していたことも認定しています。創業者FDR氏の休職中は、創業者の妻CHY氏は、持株会社HDKと旅行手配会社TRVの従業員の精算書だけを確認していました。

元取締役TKS氏と会社との紛争の経緯

判決は、元取締役TKS氏について、協賛金の処理への疑念を受けた退任の申出、金庫の暗証番号をめぐるやり取りと金庫の破壊、退職の要求とこれを拒む回答書、不正経理とパワーハラスメントの報告を理由とする自宅待機命令、携帯電話端末の返還とパスワードの開示をめぐる交渉と端末の初期化、自宅待機の解除後の数次の出社命令と、代理人弁護士の立会いを条件とする申入れを会社が受け入れなかったことを、順を追って認定しました。会社は、端末のパスワードの解析やデータの復元等を業者に依頼し、345万6,000円を支払っています。これらの経緯が、解任の正当な理由の判断で重視されました。

各主張を採用し又は排斥した理由

元代表取締役社長MRK氏の経費の私的利用等として認められたもの

判決が私的利用等と認めた額は、次のとおりです。個々の支出の判断の詳細は判決の別紙に記載されていますが、別紙は判決本文では省略されています。

会社側が主張した項目 認められた額 判決の判断の要点
家電量販店でのクレジットカードの利用 62万4,761円 業務上の必要性がないことを本人が認めたもの、物品の性質上明らかに私的なもの、自宅に設置されているものに限って認定
日用品店でのクレジットカード等の利用 72万9,663円 店舗作成の売上表に記載された物品がいずれも私的な日用品であることから、その店舗での購入はすべて私的利用と認定
妻以外の女性との交際費 1,800円 接待の要否や場所には代表取締役の裁量があり、会社の主張する事実を認める証拠もないとして、ほとんどを否定
親族への便宜供与 475万9,051円 妻と娘の携帯電話料金、父と本人の自宅のエアコン清掃代、母のための支出、家族の新幹線代の一部を認定。取締役を退任した父に、業務の実態がないまま約3年間支払われた月額10万円の報酬合計370万円も、経費の不正利用と認定。娘の誕生日会のDVDは費用の発生が明らかでないとして否定。出張の予定が入力されていた新幹線代は業務上の必要性を否定できないとした
宿泊費・交通費等 426万7,083円 都内に居住していたことから都内に宿泊する業務上の必要性はなかったとして、旅行手配会社TRV経由の宿泊費等392万0,928円、家族旅行の航空券27万5,760円、本人の宿泊分のカード決済7万0,395円を認定。スタッフや営業先の宿泊分、証拠が不足する分は否定
土日祝日の経費 4万3,100円 代表取締役は土日祝日に接待等を行う必要がなかったとはいえず、土日祝日の支出であることだけでは私的利用と認めない
タクシーチケット 0円 第三者の利用について、業務上の必要性がなかったと認めるに足りる証拠がない
追加分(現金又はカード) 47万4,063円 私的利用の的確な証拠があるものと都内宿泊に伴う駐車場代を認定。スケジュール管理ソフトの予定と整合しないことだけを理由とするものは否定
忘年会の会費 39万5,000円 従業員から会社に支払われた会費を受け取ったことに争いはなく、福利厚生費に充てたとは認められないとして、不正な領得と認定
麻雀に付き合わせた執行役員の宿泊代 0円 経費の不正利用を認めるに足りる証拠がない
ジムへの協賛金 0円 グループ会社間では事後に振替で修正することが少なからず行われており、持株会社HDKへの振替も可能であったから、業務上の必要性がないとまではいえない
LEDライトの購入(会社側は友人に利益を与える目的と主張) 0円 2つの購入先からの購入代金がことさらに高額とはいえず、購入先に不当な利益を与えたとも認められない
工事費用と仮装した取引先への支払 0円 会社がほかの業者に依頼した工事の内容や、資材が使われた店舗が明らかでなく、業務上の必要性がなかったとは認められない
合計 1,129万4,521円 内訳は、薬局運営会社PHMの分652万8,501円、店舗工事・不動産賃貸会社KRTの分475万9,486円、看板製作・広告会社SGNの分6,534円

反訴の請求額は合計3,731万0,485円(当事務所の計算です)でしたが、認められたのは約3割の1,129万4,521円でした(割合は当事務所の計算です)。

創業者の発言や決裁による承認は認められなかった

元代表取締役社長MRK氏が主張した創業者FDR氏の発言について、判決は、創業者FDR氏自身が否定しており、裏付ける的確な証拠はないとしたうえで、仮により多くの経費を会社に請求してよいと述べていたとしても、私的利用を認める趣旨ではなく、次のように捉えるほうが自然であるとしました。

「営業活動のためにより多くの経費を使うよう助言する趣旨と捉えるほうが自然である。」

また、創業者FDR氏が自分自身の個人的な費用を会社の費用としていたとしても、それだけで元代表取締役社長MRK氏の私的利用を認めていたとは解されないとしました。創業者の妻CHY氏の「今までどおり」という依頼についても、当時、私的利用を認識しておらず、かえって会社をクリーンにしたいとして私的利用を止めるよう指示していたことから、包括的な承諾とは認めませんでした。

決裁による事後の承認については、精算書の記載からは物品の詳細や接待の相手方が明らかでなく、稟議書等が添付されないことも少なからずあり、領収書から私的利用かどうかを判別することは困難であったとして、創業者FDR氏が私的利用であることを認識しながら決裁していたとは認められないとしました。これらを前提に、会社法424条の総株主の同意も否定しています。

追加された請求の消滅時効は完成していない

判決は、令和4年10月20日に追加された請求は、当初の反訴と同一の原因による同一の請求権であり、当初の反訴の提起によって時効は中断している(仮にそうでないとしても、裁判上の催告として時効中断の効力が生じ、訴えの追加的変更によって確定的に中断している)として、時効の主張を退けました。判決本文は「中断」という改正前民法の用語を用いています。

元代表取締役社長MRK氏の解任には正当な理由がある

判決は、元代表取締役社長MRK氏が不法行為により3社に合計1,129万4,521円の損害を負わせたことを挙げ、次のように判断しました。

「このような〔元代表取締役社長MRK氏〕による経費の不正利用等は、会社において取締役として職務の執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的、合理的な事情ということができる。」

判決は、3社による解任について正当な理由があると認め、解任が信義則違反又は権利の濫用に当たると認めるべき事情もないとしました。このため、元代表取締役社長MRK氏の3社に対する請求は、残りの任期の報酬相当額も、覚書に基づく退職金相当額も、判断されることなく全部棄却されています。

元取締役TKS氏の解任には正当な理由がない

判決は、会社が挙げた5つの理由を、次のとおりいずれも退けました。

監視義務違反 判決は、元取締役TKS氏が管理本部長として元代表取締役社長MRK氏の精算書を確認する機会があったことは認めました。しかし、薬局運営会社PHMの分の私的利用と認められた額613万3,501円(忘年会の会費の額を控除した額)は、元代表取締役社長MRK氏が使用していた経費全体からみれば少額であり、精算書や領収書から私的利用かどうかを判別することは困難であったとして、次のように述べました。

「〔元取締役TKS氏〕において、〔元代表取締役社長MRK氏〕による経費の利用に係る営業経費等精算書を確認する機会があったとしても、その経費の利用が私的利用か否かを判別することは困難であったといえる。」

また、元取締役TKS氏が私的利用を認識していたと認めるに足りる証拠もないとして、監視義務違反を否定しました。

協賛金の負担 判決は、協賛金の支払が業務上の必要性がないものであったとまではいえず、経費の不正利用とは認められないことから、元取締役TKS氏が協賛金を薬局運営会社PHMに負担させたことも善管注意義務違反を構成しないとしました。

金庫の暗証番号 判決は、元取締役TKS氏が個人でも使用している暗証番号であるとして開示を控えたいと伝え、直ちに出社して対応すると申し出たのに、創業者の妻CHY氏が出社は必要ないと答えたという経緯と態様から、開示しなかったことは開示義務違反を構成しないとしました。

携帯電話のパスワードとデータの消去 判決は、元取締役TKS氏が端末自体は返還し、私的な情報の扱いについて協議を申し入れていたこと、データの扱いについて話合いがつかなかったことを認定したうえで、端末の初期化について、「事後的に見て最善の選択肢であったかはともかく」、紛争の最中にあったことからすると開示・報告義務違反を構成するものとは認められないとしました。会社が端末の解析等に345万6,000円を支払っていたことも認定されていますが、結論は変わっていません。

出社命令の拒否 判決は、出社命令に応じなかったのが、退任の希望、退任の求め、退職強要の拒絶、自宅待機命令、パスワードの開示の求め、端末の初期化という経緯をたどって紛争が深刻化した後であったこと、代理人弁護士の立会いを条件とする申入れに会社が応じなかったことを挙げ、次のように述べました。

「〔元取締役TKS氏〕が〔薬局運営会社PHM〕からの数次の出社命令に従わなかったことにはやむを得ない面があり、そのことが取締役の忠実義務違反を構成するものとは認められない」

そのうえで、判決は次のように結論付けました。

「よって、〔元取締役TKS氏〕に取締役としての義務違反があるとはいえず、〔薬局運営会社PHM〕による〔元取締役TKS氏〕の取締役解任について正当な理由があるとは認められない。」

判決は、なお書きで、元取締役TKS氏の解任が信義則違反又は権利の濫用に当たると認めるべき事情はないとも述べています。

残りの任期は、定款の規定上の上限ではなく、実際の定時株主総会の日まで

元取締役TKS氏は、令和2年6月までの役員報酬相当額を主張し、会社は、事業年度終了の日から2か月以内に定時株主総会を開催しているから任期満了は遅くとも令和2年5月末であると主張していました。判決は、平成30年6月18日の重任、定款の任期と営業年度の定めに加えて、令和2年4月13日に定時株主総会が開催されていることから、任期は同日までであったと認めました。そして、解任された平成30年12月26日の翌月である平成31年1月から令和2年4月までの16か月分について、月額120万円に16か月を乗じた1,920万円を損害と認めました。

退職金相当額は認められなかった

元取締役TKS氏は、過去に退任した取締役に退職金が支払われた例(14年在籍で7,320万円、約20年在籍で10億円)を挙げ、退職金を支払う慣行があったと主張しました。判決は、退任した取締役全員に退職金が支払われているわけではなく、支払われた場合も額の算出方法に一律の基準があったとは認められないとして、次のように述べました。

「〔薬局運営会社PHM〕において取締役の退職に伴って退職する取締役全員に対して一律に退職金を支払う慣行があったとは認められない。」

そして、退職金の支払はその都度株主総会の決議によって定められていたものといえ、元取締役TKS氏について株主総会の決議があったとは認められないから、退職金が支払われたはずであるとはいえないとして、退職金相当額720万円の請求を退けました。

代表取締役への重任に関する4,250万円の請求も認められなかった

会社は、元代表取締役社長MRK氏が経費の私的利用を報告せずに続け、持株会社HDKの代表取締役である創業者の妻CHY氏を誤信させて代表取締役に重任させたとして、重任後に支払った報酬4,250万円の損害賠償を求めました。判決は、会社が主張する不作為の欺罔行為は株主である持株会社HDKに対するものであり、「〔薬局運営会社PHM〕に対するものではない。」としました。また、元代表取締役社長MRK氏は重任後も代表取締役として業務を行っており、報酬は職務執行の対価として支払われたものといえるとして、相当因果関係のある損害とは認めませんでした。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(訴訟費用の負担の定めは要約しています)。

  • 「〔薬局運営会社PHM〕は、〔元取締役TKS氏〕に対し、1920万円及びこれに対する平成31年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」
  • 「〔元代表取締役社長MRK氏〕は、〔薬局運営会社PHM〕に対し、1129万4521円及びうち47万4063円に対する平成30年10月31日から、うち1082万0458円に対する平成31年3月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」
  • 「〔元代表取締役社長MRK氏〕の被告らに対する請求、〔元取締役TKS氏〕の〔薬局運営会社PHM〕に対するその余の請求及び〔薬局運営会社PHM〕の〔元代表取締役社長MRK氏〕に対するその余の請求をいずれも棄却する。」(「被告ら」は、薬局運営会社PHMと、看板製作・広告会社SGNの訴訟を承継した店舗工事・不動産賃貸会社KRTを指します)
  • 訴訟費用は、元代表取締役社長MRK氏、元取締役TKS氏、薬局運営会社PHM及び店舗工事・不動産賃貸会社KRTに生じた費用について、それぞれ割合を定めて負担させる(元取締役TKS氏に生じた費用の3分の2は薬局運営会社PHMの負担)。
  • 「この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。」
当事者 請求額 判決の結論
元取締役TKS氏から薬局運営会社PHMへ 2,880万円 1,920万円を認容(役員報酬相当額16か月分)。退職金相当額は否定
元代表取締役社長MRK氏から3社へ 合計2億2,030万円 全部棄却(解任に正当な理由あり)
薬局運営会社PHMから元代表取締役社長MRK氏へ(第1事件反訴) 合計3,731万0,485円 1,129万4,521円を認容
薬局運営会社PHMから元代表取締役社長MRK氏へ(第2事件) 4,250万円 全部棄却(相当因果関係なし)

請求額の合計は、判決本文の請求の趣旨の金額を当事務所が合計したものです。最終的に、残りの任期の報酬相当額の請求が認められたのは元取締役TKS氏だけであり、元代表取締役社長MRK氏は、解任による損害賠償が認められなかったうえ、在任中の経費の私的利用等について1,129万4,521円の支払を命じられました。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 解任理由は、紛争の経緯と切り離さずに評価されること。会社は、元取締役TKS氏について、金庫の暗証番号の不開示、携帯電話の初期化、出社命令の拒否など、それぞれ取り上げれば義務違反に見える事情を挙げました。判決は、それらが退職の要求を拒んだ後の、紛争が深刻化した中での行動であったこと、本人が代替の対応を申し出ていたこと、会社が条件に応じなかったことを重視して、いずれも義務違反を構成しないとしました。退職を求められ、これを拒んだ後に会社が解任理由を積み上げていく場面で、解任された役員の側が経緯を時系列で示すことの重要性を示した例です。
  • 他の役員の不正を見逃したという監視義務違反の主張が、具体的に吟味されたこと。経費精算書を確認する立場にあっても、精算書や領収書から私的利用かどうかを判別することが困難であり、本人が認識していた証拠もない場合には、監視義務違反は認められないとされました。
  • 残りの任期は、実際に定時株主総会が開かれた日を基準に判断されたこと。元取締役TKS氏は6月まで、会社は5月末までと主張しましたが、判決は実際の定時株主総会の日である4月13日までとしました。請求額を算定する際には、定款の規定だけでなく、実際の定時株主総会の開催日を確認する必要があります。
  • 損害は解任の翌月からの報酬月額を基礎に算定されたこと。判決は、解任の日の翌月から任期が満了する月までの月数に報酬月額を乗じて損害を算定しています。
  • 解任後に会社から在任中の経費の使い方を理由に請求を受けることがあること。元代表取締役社長MRK氏は、解任による損害賠償を求めたところ、反訴により経費の私的利用等を理由とする損害賠償を求められ、その一部が認められました。他方で、会社側が主張した多くの項目は、業務上の必要性がないことが示されていないとして否定されています。

一般化できない点

  • 元代表取締役社長MRK氏の解任に正当な理由があるとされたのは、家電製品や日用品の購入、親族の携帯電話料金、退任した父への報酬、都内宿泊費、忘年会の会費の領得など、合計1,129万4,521円の不法行為が認められたためです。経費の使い方に問題があると指摘されれば常に解任の正当な理由になるという趣旨ではありません。判決は、多くの項目について、業務上の必要性がないことが示されていないとして私的利用を否定しています。
  • 判決は、元取締役TKS氏との関係では、薬局運営会社PHMの分の私的利用額613万3,501円を、元代表取締役社長MRK氏が使用していた経費全体からみれば少額であると述べています。他方で、元代表取締役社長MRK氏本人については、私的利用等が正当な理由に当たるとしています。同じ金額でも、私的利用をした本人か、これを見逃したとされた別の取締役かで、評価が異なることに注意が必要です。
  • 元取締役TKS氏の行動のうち、携帯電話の初期化について、判決は「事後的に見て最善の選択肢であったかはともかく」と述べています。紛争の最中であったという事情を踏まえた判断であり、貸与された端末のデータを消去することが一般に問題とならないという趣旨ではありません。
  • 退職金相当額が否定されたのは、薬局運営会社PHMに役員退職慰労金の規程がなく、退任した取締役全員に一律の基準で支払う慣行も認められなかったためです。規程や一律の運用がある会社では、判断が異なる可能性があります。元代表取締役社長MRK氏の覚書に基づく退職金相当額の請求は、解任に正当な理由があるとされたため、判断されていません。
  • 本判決は第一審の判決であり、本判決に対しては控訴が提起されています。控訴審の判断は確認できておらず、上級審で判断が変わる可能性があります。控訴審の判断を確認した後に加筆します。

よくあるご質問

会社が解任の理由として挙げた事情が本当なら、正当な理由があることになりますか。

本判決は、正当な理由を、会社において取締役として職務の執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的、合理的な事情が存在する場合としたうえで、会社の挙げた事情が取締役としての義務違反を構成するかを、紛争の経緯に照らして検討しました。元取締役TKS氏については、金庫の暗証番号の不開示、携帯電話の初期化、出社命令の拒否という事実自体は認められましたが、いずれも義務違反を構成しないとされました。事実があるかどうかだけでなく、その事実がどのような経緯で生じたかが重要です。

退職を求められて断ったところ、自宅待機や出社命令を受け、その後に解任されました。

本判決の元取締役TKS氏は、退職の要求を拒む回答書を提出した後、不正経理とパワーハラスメントの報告を理由とする自宅待機命令、携帯電話のパスワードの開示の求め、数次の出社命令を経て、臨時株主総会で解任されました。判決は、出社命令に従わなかったことについて、紛争が深刻化した後であったことや、代理人弁護士の立会いを条件とする申入れに会社が応じなかったことから、やむを得ない面があるとしました。会社とのやり取りは、書面で記録を残しておくことが重要です。

他の役員の経費の不正を見逃したとして解任されました。正当な理由になりますか。

本判決は、経費精算書を確認する機会があったとしても、精算書の記載や領収書から私的利用かどうかを判別することが困難であり、私的利用を認識していた証拠もないとして、監視義務違反を否定しました。御自身の立場で何が分かり得たか、決裁の実際の運用がどうであったかが判断を分けます。

残りの任期の報酬は、いつまでの分を請求できますか。

本判決は、定款の任期の定めと営業年度に加えて、実際に定時株主総会が開催された日を基準に任期の満了を認定し、解任の翌月から任期が満了する月までの16か月分の報酬相当額を損害と認めました。定款の規定上の最も遅い時期ではなく、実際の定時株主総会の日が基準とされる可能性があります。

残りの任期の報酬に加えて、退職金相当額も請求できますか。

本判決では、退職金相当額の請求は認められませんでした。会社に役員退職慰労金の規程がなく、退任した取締役全員に一律の基準で支払う慣行も認められず、退職金は都度株主総会の決議で定められていたとされたためです。退職金相当額を請求するには、規程や支給の実績、算定の基準を具体的に示す必要があります。

解任された後に、会社から在任中の経費の使い方を理由に損害賠償を請求されました。

本判決では、元代表取締役社長MRK氏が解任による損害賠償を求めたのに対し、会社が反訴で経費の私的利用等を理由に約3,700万円の損害賠償を求め、そのうち1,129万4,521円が認められました。他方で、業務上の必要性がないことが示されていないとして、交際費、タクシーチケット、協賛金、取引先への支払など多くの項目が否定されています。また、創業者の発言や精算書の決裁を根拠とする承認の主張は認められませんでした。支出ごとに業務との関係を示す資料を整理することが重要です。

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