報酬の減額と職務の取上げが辞任の強要に当たる場合
報酬の減額と職務の取上げが辞任の強要に当たる場合
「役員報酬が3分の1に減らされ、担当していた部門からも外されました」「席は残っていますが、決裁は一切回ってきません」「そのうち自分から辞めると言い出すのを待たれているのだと思います」。このようなご相談があります。
本記事は、役員の地位を守るという観点から、この状況にどう対応するかを整理するものです。減額された報酬の差額の請求という金銭の観点からの整理は、当法人が運営する別の情報提供のページにおいて取り扱っております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っております。本記事は、地位を争う側の方に向けたものです。
結論 まだ役員の地位にある段階が、最も手段の多い状態です
解任されておらず、辞任もしていない段階では、取締役としての権限がなお存在します。この権限を用いることができるかどうかが、その後の展開を大きく左右します。
| 段階 | 用いることのできる手段 |
|---|---|
| まだ在任している | 取締役会の招集の請求、議事録の閲覧、業務の監督、報告の徴収、差止めの請求(要件を満たす場合) |
| 解任された後 | 決議の効力を争う手続、損害賠償の請求、株主としての権利(株式を保有する場合) |
| 自ら辞任した後 | 意思表示の瑕疵の主張(要件が厳格です)、金銭に関する請求 |
したがって、この段階での対応が重要です。追い込まれている状況の中で辞任を選ぶことは、手段を最も狭める選択となります。
排除の過程で現れる典型的な事象
| 事象 | 意味 |
|---|---|
| 役員報酬の大幅な減額 | 経済的な圧力 |
| 担当部門の変更又は取上げ | 職務の実体の喪失 |
| 決裁権限の縮小又は剥奪 | 業務執行からの排除 |
| 取締役会の招集通知の遅延又は欠落 | 意思決定からの排除 |
| 社内の情報システムへのアクセスの停止 | 情報からの遮断 |
| 執務室の変更、席の撤去 | 事実上の排除 |
| 社用車、社宅、経費の停止 | 生活基盤への圧力 |
| 従業員に対する接触の禁止 | 社内での孤立 |
| 対外的な役職の解任 | 対外的な地位の喪失 |
| 辞任届への署名の求め | 最終段階 |
これらは、多くの場合、段階的に進みます。早い段階で対応することにより、選択肢が広く残ります。
報酬の減額の法的な位置付け
株主総会の決議等により具体的な報酬額が定められた場合には、その額は会社と取締役との間の契約の内容となり、その後に会社が一方的にこれを減額することはできず、変更には当該取締役の同意を要すると解されています。この点は判例法理によります(最高裁判所平成4年12月18日判決)。
したがって、同意なく減額された場合には、減額は効力を生じないと主張する余地があります。地位を守るという観点からは、次の点が重要です。
第1に、減額に同意していないことを明確にしておくことにより、「自ら退く意思があった」との評価を避けることができます。
第2に、減額を受け入れたうえで在任を続けると、その後に辞任を求められた際の交渉上の立場が弱くなります。
第3に、減額は退職慰労金の算定にも影響します。この点は金銭の問題ですが、地位に関する判断とも関連します。
職務の取上げの法的な位置付け
取締役は、取締役会の構成員として、業務執行の決定に加わり、他の取締役の職務の執行を監督する職務を負っています(会社法第362条第2項第1号及び第2号)。したがって、担当業務を取り上げられたとしても、取締役としての職務そのものがなくなるわけではありません。
もっとも、代表取締役その他の業務を執行する取締役として選定されていた者が、その選定を解かれた場合には、業務執行の権限を失います。この場合、取締役会の構成員としての職務のみが残ることになります。
会社が「職務がない」ことを理由に報酬を減額し、又は辞任を求めてくる場合には、取締役としての職務が現に存在すること、その職務の遂行を会社が妨げていることを指摘することになります。
在任中に用いることのできる手段
| 手段 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 取締役会の招集の請求 | 目的である事項を示して招集を請求します。応じられない場合には自ら招集し得ます | 会社法第366条第2項、第3項 |
| 取締役会議事録の閲覧謄写 | 取締役として閲覧謄写を請求します | 会社法第371条第2項 |
| 会計帳簿等の閲覧謄写の請求 | 株主として(議決権の100分の3以上) | 会社法第433条第1項 |
| 計算書類等の閲覧等 | 株主又は債権者として | 会社法第442条第3項 |
| 株主総会の招集の請求 | 株主として(議決権の100分の3以上) | 会社法第297条第1項 |
| 取締役の行為の差止めの請求 | 株主として、一定の要件の下で | 会社法第360条 |
| 報告の徴収 | 取締役会を通じて業務の執行の状況の報告を求めます | 会社法第363条第2項 |
| 差額の請求 | 減額された報酬の差額の支払を求めます | 会社法第361条第1項、判例法理 |
取締役会の招集の請求の意味
取締役会の招集を請求することには、次の意味があります。第1に、会社の意思決定の場に議題を提出することができます。第2に、招集の請求及びこれに対する会社の対応が記録として残ります。第3に、取締役として職務を遂行する意思があることを明らかにすることができます。
招集権者に対して請求した日から5日以内に、その請求があった日から2週間以内の日を取締役会の日とする招集の通知が発せられない場合には、請求をした取締役が自ら招集することができるものとされています(会社法第366条第3項)。
株主でもある場合
役員が同時に株主でもある場合には、株主としての権利を用いることができます。特に、会計帳簿等の閲覧謄写の請求(会社法第433条第1項)は、会社の状況を把握するうえで有用です。もっとも、会社は一定の事由がある場合には請求を拒むことができるものとされています(同条第2項)。
記録の残し方
この類型では、後に「自ら辞めた」と評価されないことが重要です。そのために、次の記録を残します。
| 記録すべき事項 | 方法 |
|---|---|
| 報酬の減額に同意していないこと | 書面による異議 |
| 職務の遂行を求めたこと | 書面又は電子メール |
| 取締役会の招集を請求したこと | 書面 |
| 会社が職務の遂行を妨げたこと | 日時、場面、発言者を記した記録 |
| 情報へのアクセスを拒まれたこと | 記録 |
| 辞任を求められたこと | 日時、場面、発言の内容 |
日々の記録は、日付とともに書き留めておくことが有用です。時間が経過すると、記憶が曖昧になり、また資料も散逸します。
辞任を選ぶ場合の留意点
状況によっては、辞任したうえで金銭による解決を図るという選択が合理的な場合もあります。この場合、次の点を辞任の前に整理する必要があります。
| 整理すべき事項 | 内容 |
|---|---|
| 役員退職慰労金 | 支給の有無、金額、支払の時期 |
| 未払又は減額された報酬 | 精算の内容 |
| 会社に対する貸付金 | 返済の合意 |
| 会社の借入れの個人保証 | 解除又は求償の手当て |
| 保有する株式 | 保有を続けるか、譲渡するか、価格 |
| 会社に賃貸している不動産 | 賃貸借の継続の可否 |
| 競業避止に関する約束 | 範囲、期間、対価 |
| 対外的な説明 | 退任の理由の説明の在り方 |
辞任届に署名する前に、これらの点が書面により整理されているかを確認することが重要です。辞任届のみを先に提出すると、交渉上の立場を失った状態で残りの条件を協議することになります。
案件で確認すべき事項
| 番号 | 確認事項 | 資料 |
|---|---|---|
| 1 | 従前の報酬額及び決定の経過 | 議事録、給与明細 |
| 2 | 減額の時期、幅、決定の経過 | 議事録、給与明細 |
| 3 | 減額に対して述べた内容 | 記録 |
| 4 | 担当職務の変更の経過 | 辞令、組織図 |
| 5 | 取締役会の招集通知の状況 | 通知書 |
| 6 | 現在の役職及び任期の残り | 登記事項証明書、定款 |
| 7 | 株主構成 | 株主名簿、法人税申告書別表二 |
| 8 | 取締役会の構成 | 登記事項証明書 |
| 9 | 個人保証及び貸付金の状況 | 契約書 |
| 10 | 役員退職慰労金支給規程の有無 | 規程 |
株主構成の確認は、この段階でも重要です。解任の決議が成立する見込みがあるかどうかにより、採るべき対応が変わります。
弁護士にご相談いただく意味
この類型では、状況が段階的に悪化していく中で、どの時点で、どの手段を用いるかの判断が求められます。早すぎる対応は関係を決定的に悪化させ、遅すぎる対応は手段を失わせます。
弁護士は、役員の代理人として、株主構成及び取締役会の構成に照らした見通しの検討、記録の整備、取締役としての権限の行使、報酬の差額の請求、会社との交渉、必要に応じた地位に関する手続の遂行を行います。あわせて、退職慰労金、個人保証、貸付金、株式といった付随する問題を一体として整理いたします。
なお、いつ、どの手段を用いるかの判断は、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してまいりました実務上の知見に属しますので、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 報酬を減らされましたが、辞めろとは言われていません。何かできますか。
減額に同意していない旨を書面により明らかにすることが出発点です。同意なく減額することは原則としてできないと解されています(判例法理によります)。あわせて、取締役としての職務の遂行を求めることになります。
質問2 職務がないのに在籍していることに、意味はありますか。
取締役の地位にあることにより、取締役会の招集の請求、議事録の閲覧、業務の監督といった権限を行使することができます。また、解任された場合には損害賠償を請求し得る立場に立ちます(会社法第339条第2項)。地位を維持することには、法的な意味があります。
質問3 会社に行っても仕事がなく、精神的に限界です。
現実の負担として理解いたします。もっとも、この段階で辞任を選ぶと、その後の手段が大きく狭まります。辞任を選ぶ場合であっても、退職慰労金、個人保証、株式等の条件を先に整理することをお勧めいたします。
質問4 取締役会に呼ばれなくなりました。
招集の通知が発せられていない取締役会の決議については、効力が問題となります(判例法理によります)。招集の状況を記録に残し、招集の請求を行うことを検討します。
質問5 辞めれば退職慰労金を出すと言われました。
支給の有無、金額、支払の時期が書面により明確に定められているかを確認する必要があります。口頭の約束のみで辞任すると、その後に履行されない事案が現実にあります。
質問6 解任されるのを待ったほうがよいのですか。
解任された場合には、正当な理由がない限り損害賠償を請求し得る立場に立ちます(会社法第339条第2項)。もっとも、解任の理由として何が主張されるか、対外的な影響はどうかといった事情もありますので、一律には申し上げられません。株主構成に照らした見通しを踏まえた判断となります。
排除の段階ごとの対応の目安
| 段階 | 事象 | 主な対応 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 情報の共有が減る、会議に呼ばれにくくなる | 記録の開始、資料の確保 |
| 第2段階 | 担当業務の変更、決裁権限の縮小 | 取締役としての職務の遂行の求め |
| 第3段階 | 報酬の減額 | 書面による異議、差額の請求の検討 |
| 第4段階 | 取締役会の招集通知の遅延又は欠落 | 招集の請求、議事録の閲覧謄写 |
| 第5段階 | 執務環境の変更、出社の制限 | 記録、職務の遂行の求め |
| 第6段階 | 辞任届への署名の求め | 即答を避け、条件の整理 |
| 第7段階 | 解任の議案の上程 | 決議の手続の適正の確保、事後の手続の準備 |
段階が進むほど、採り得る手段が限られていきます。他方、早い段階で強い対応を採ると、会社が手続を整えたうえで解任に進むことになり、かえって争点が減ることもあります。この兼ね合いの判断が、この類型の要点です。
地位を維持したまま金銭の請求を行う場合の留意点
在任したまま報酬の差額を請求することには、次の意味と負担があります。
| 側面 | 内容 |
|---|---|
| 意味 | 消滅時効の進行を止め、退職慰労金の算定の基礎を確保します |
| 意味 | 同意していないことを明確にし、後の評価を有利にします |
| 負担 | 会社との関係が悪化します |
| 負担 | 解任の議案が上程される契機となり得ます |
| 負担 | 社内における立場が一層難しくなります |
請求を行うかどうか、行う場合の時期及び表現の程度は、株主構成に照らした見通し、在任を継続する意思、他の法律関係の状況を踏まえて判断することになります。
相談の際に整理していただきたい事項
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 排除の経過 | いつ、何が行われたかを時系列に整理します |
| 報酬の推移 | 各時点の月額報酬 |
| 現在の職務の実態 | 何を行い、何を行えなくなっているか |
| 株主構成 | 自らの議決権の割合、他の株主の割合 |
| 取締役会の構成 | 各取締役の立場 |
| 在任を継続する意思 | 会社に残る意思があるか |
| 提示されている条件 | 退職慰労金、株式、個人保証等 |
在任を継続する意思の有無は、方針を定めるうえで最も重要な要素です。地位を守ることを目指すのか、条件を整えたうえで退くことを目指すのかにより、採るべき対応が異なります。
会社の対応の記録は、後に地位を争う場面においても、金銭の請求を行う場面においても、共通して用いられます。したがって、いずれの方向で解決を図る場合であっても、記録を残すという作業は無駄になりません。日々の出来事を、日付とともに簡潔に書き留めておくことをお勧めいたします。あわせて、手元にある社内の資料は、会社に返還を求められる前に整理しておく必要があります。
本記事における非開示事項について
いつ、どの手段を用いるか、会社に対する働きかけの内容及び時期、辞任を選ぶ場合の条件の詰め方は、株主構成、取締役会の構成、従前の経緯等により異なり、当事務所が実務において蓄積してまいりました知見に属しますので、公開しておりません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、役員の地位及び報酬に関するご相談をお受けしております。当事務所は、役員の側の代理人となる案件も、会社の側の代理人となる案件も取り扱っており、この分野に精通していることから当該分野を取り扱っております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜日・日曜日・祝日も受付)
- ご相談は事前予約制です
ご相談に際しましては、登記事項証明書、定款の写し、株主名簿の写し、給与明細、議事録の写し、会社との往復の書面をお持ちください。お手元になくてもご相談をお受けしております。
本記事の根拠条文
会社法 第297条第1項(株主による株主総会の招集の請求)、第330条(株式会社と役員との関係)、第339条第1項・第2項(役員の解任及び損害賠償)、第360条(株主による取締役の行為の差止め)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第362条第2項第1号・第2号・第3号(取締役会の権限)、第363条第2項(取締役の報告)、第366条第1項・第2項・第3項(取締役会の招集)、第368条第1項(招集の通知)、第371条第2項(取締役会議事録の閲覧謄写)、第433条第1項・第2項(会計帳簿等の閲覧謄写の請求)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等)
民法 第95条第1項(錯誤)、第96条第1項(詐欺又は強迫)、第166条第1項(債権等の消滅時効)、第651条(委任の解除)
判例法理による部分 具体的な報酬額が定められた後の減額に当該取締役の同意を要するとされる点は、判例法理によります(最高裁判所平成4年12月18日判決)。招集の通知を欠く取締役会の決議の効力についても、判例法理によります。
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