代表取締役の解任(解職)手続きとリスクとは?正当な理由・登記・損害賠償まで解説

役員の不当解任・辞任強要に
お困りではありませんか?

会社から突然「代表取締役を外します」と告げられると、「自分はクビなのか。何がどう変わったのか」と頭が真っ白になりがちです。

ここで最初に整理したいのは、代表取締役の地位が「代表権」と「取締役としての地位」の二層でできている点です。代表権だけ外されたのか、それとも取締役そのものを解任されたのかで、手続のチェックポイントも、争い方も、損害賠償(報酬相当額・慰労金等)の組み立ても変わります。

本記事では、代表取締役の解職と取締役の解任(いわゆる社長解任)をめぐる基本用語、会社側が取り得る手続、想定されるリスク、そして外された側が確認すべきポイントを、株式会社を前提に整理します。

Contents
  1. 代表取締役 解任(解職)とは?
    1. 代表取締役の「解職」と取締役の「解任」の違い
    2. 代表取締役と取締役の関係(なぜ社長解任が複雑になるのか?)
    3. 「社長 解任」「社長解任クーデター」と呼ばれる状況の典型
  2. 代表取締役を外す方法は2ルートある(解職と解任)
    1. ルート1:代表取締役の解職(代表権を外す)
    2. ルート2:取締役の解任(代表取締役も含め地位ごと外す)
  3. 代表取締役 解任(解職)の手続きと流れ
    1. STEP1:会社の前提を確認する
    2. STEP2:取締役会または株主総会を準備する
    3. STEP3:決議を行う
    4. STEP4:議事録を作成する
    5. STEP5:新代表取締役を選ぶ
    6. STEP6:代表取締役の変更登記をする
    7. STEP7:本人への通知と社内外の権限整理を行う
  4. 不当な「代表取締役の解任」で争点になるポイント
    1. 争点1:「正当な理由」があるか(解任理由の中身)
    2. 争点2:手続に問題がないか(取締役会・株主総会の有効性)
    3. 争点3:「解任」なのか「解職」なのか(外された範囲の取り違え)
    4. 争点4:「辞任扱い」にすり替わっていないか(辞任強要の有無)
    5. 争点5:議決要件の取り違え(例外の見落とし)
    6. 争点6:登記・権限切替が先行して「終わった話」に見える状況
  5. 代表取締役の不当解任で検討する損害賠償
    1. 損害賠償が問題になりやすい場面
    2. 「解任」か「解職」かをまずは整理
    3. 検討対象になりやすい損害の中身
    4. 金額の見通しを立てるために集めたい資料
    5. 注意点:「辞任扱い」への誘導がある場合
  6. 解任後に起きやすいトラブルと代表取締役側の対処
    1. 代表取締役変更登記が進む/既に完了している
    2. 署名押印や書面作成への協力を求められる
    3. 代表者印・銀行・社内システムの権限が止まる
    4. 社内資料へのアクセスが遮断され証拠が集められない
    5. 「辞任扱い」「円満退任」へ誘導される
  7. よくある質問(代表取締役 解任・社長解任)
    1. 代表取締役はいつでも解任できますか?
    2. 代表取締役 解任の「正当な理由」とはどういう理由ですか?
    3. 特別決議が必要なのはどんな場合?
    4. 代表取締役変更登記(役員変更登記)が入ったらもう取り返せませんか?
    5. 会社と揉めずに金銭解決(和解)できますか?
  8. 不当な解任でお悩みならご相談ください

代表取締役 解任(解職)とは?

「代表取締役を外す」と言われたとき、最初にやるべきことは“ショックの原因”を整理することです。多くの方が不安になるのは、単に役職名が変わるからではなく、立場が変わった結果として、収入・権限・信用・今後の交渉条件まで一気に揺らぐからです。

ここで重要なのは、代表取締役の立場が一枚岩ではない点です。会社を代表する権限が外れたのか、取締役としての地位まで失ったのかで、必要な決議や確認すべき書面、そして不当解任として争う場合の整理の仕方が変わります。会社側の説明が曖昧なまま進むこともあるので、まずは「何が、いつ、どの手続で変わったのか」を落ち着いて把握するところから始めましょう。

代表取締役の「解職」と取締役の「解任」の違い

代表取締役が外される場面は、大きく分けると2種類あります。ひとつは、会社を代表する権限だけが外れるタイプ。もうひとつは、取締役という身分そのものが外れるタイプです。日常会話ではどちらも「解任」と言われがちですが、法的には影響範囲が違うため、ここを取り違えると後の判断がズレやすくなります。

確認のポイントはシンプルで、「あなたが取締役として残っている扱いかどうか」です。ここが分かると、次に見るべき会議体(取締役会なのか株主総会なのか)や、金銭面の整理(報酬相当額・退職慰労金等)をどの前提で組み立てるべきかが見えてきます。

解職:代表取締役の地位を失う/解任:取締役の地位を失う

代表取締役の解職は、代表取締役としての地位を失わせるもので、取締役としての地位が直ちに失われるとは限りません。取締役会設置会社では、代表取締役の選定および解職は取締役会の決議事項です(会社法362条2項3号)。一方、取締役の解任は株主総会決議で行い(会社法339条1項)、解任に正当な理由がない場合は損害賠償が問題になり得ます(同条2項)。

口頭の説明よりも、通知書、取締役会議事録または株主総会議事録、登記事項証明書(履歴事項全部証明書)などの書面を優先して確認することが重要です。解職なのか解任なのかが確定すると、必要な決議機関や金銭面の論点が整理しやすくなります。

代表取締役と取締役の関係(なぜ社長解任が複雑になるのか?)

「社長」という言葉は便利ですが、状況を複雑にしやすい面があります。社内の呼称としての“社長”と、法律上の役職である“代表取締役”が混ざって使われるためです。その結果、「社長を解任した」と聞いても、実際には代表権だけの話なのか、取締役からも外された話なのかが曖昧なまま進むことがあります。

さらに、株式会社でも「取締役会があるかどうか」や「代表取締役をどう選んでいたか(定款の定め方など)」で、手続のルートが分岐します。ここを飛ばしてしまうと、会社側の説明と、本来必要な手続が噛み合っていないまま、既成事実だけが積み上がることがあります。

代表取締役は取締役の中から選ばれる

代表取締役は、基本的に取締役の中から選ばれます。つまり、代表取締役であることは「取締役であること」と結びついているため、代表権だけが外れても取締役としては残るケースがあり得ます。逆に、取締役として解任されれば、代表取締役としての立場も同時に失われます。

この関係を理解しておくと、「会社は何をしたのか」「自分は何を失ったのか」を切り分けやすくなり、その後の交渉や主張の組み立ても迷いにくくなります。

「社長 解任」「社長解任クーデター」と呼ばれる状況の典型

社長交代が急に進む場面では、決める場所がどこかによって状況が一変します。取締役会で動く話なのか、株主総会で動く話なのかで、必要になる“多数”が変わるからです。外された側から見ると、直前まで通常運転だったのに、ある日突然、決定事項のように話が進んでいると感じることがあります。

こうした局面では、説明が後から整えられたり、資料が十分に共有されなかったりして、後で争点になりやすい火種が残ることもあります。感情的に反発するより先に、日付と書面をそろえて経緯を整理することが、結果として有利につながりやすくなります。

多数派工作・委任状集めで一気に交代が進むことがある

代表者変更登記や権限切替が先に進むと、「もう終わった話」に見えてしまうことがあります。ただ、外形が変わったことと、決議の適否や理由の相当性が確定することは別です。

大切なのは、焦って反応するのではなく、「どの会議で」「どんな決議がされ」「その結果、何が変わったのか」を資料で押さえることです。ここが固まると、次に確認すべきポイント(手続の弱点、理由の整理、金銭面の見通し)が自然に見えてきます。

代表取締役を外す方法は2ルートある(解職と解任)

代表取締役を外す場面には、①代表取締役を解職して取締役には残すルートと、②取締役を解任して役員としての地位まで失わせるルートがあります。解職は代表取締役としての地位を失うにとどまり、取締役としては残ることがあります。解任は株主総会決議により取締役を外すもので(会社法339条1項)、正当な理由がない解任は損害賠償の問題につながります(同条2項)。

まず確認すべきなのは次の3点です。

  • 会社が取締役会設置会社か(取締役会があるか)
  • 「代表権だけ外された」のか「取締役も外された」のか
  • その決定が取締役会でされたのか、株主総会でされたのか

ルート1:代表取締役の解職(代表権を外す)

解職は、代表取締役としての「会社を代表する権限(代表権)」を外す手続です。解職されたとしても、取締役としての地位は残る場合があります。したがって、社内では「社長交代」と見えても、法的には「取締役は続投」という状態が起こり得ます。

取締役会設置会社では取締役会決議で代表取締役を解職

取締役会設置会社では、代表取締役の選定および解職は取締役会の決議事項です(会社法362条2項3号)。取締役会決議は、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数で可決します(会社法369条1項、定款で加重可)。

また、特別の利害関係を有する取締役は議決に加われないため(会社法369条2項)、解職対象の代表取締役が議決に加わっていないかも確認が必要です。

取締役会の議事については議事録を作成し、議事録が書面の場合は出席取締役および監査役の署名又は記名押印が必要です(会社法369条3項)。解職の決議と新代表取締役の選定は、同一の取締役会で整合する形で行うと混乱が生じにくくなります。

取締役会非設置会社は選び方によって手続が変わる

取締役会非設置会社では、原則として取締役が会社を代表し、取締役が複数いるときは各取締役が各自で会社を代表します。ただし、定款、定款の定めに基づく取締役の互選、または株主総会の決議により、取締役の中から代表取締役を定めることができます。

そのため、代表取締役を解職する際は、代表取締役を定めた方法を特定したうえで手続を合わせることが重要です。

  • 定款で代表取締役を定めている(氏名を定めている場合を含む)
  • 定款の定めに基づく取締役の互選で代表取締役を定めている
  • 株主総会の決議で代表取締役を定めている

互選で定めている場合は互選で解職し、株主総会決議で定めている場合は株主総会決議で解職します。定款で代表取締役を定めている場合は、定款変更により改めるのが基本で、定款変更は株主総会の特別決議によります(会社法466条、309条2項11号)。代表取締役が空席になると代表権の所在が不明確になりやすいため、解職と同時に新たな代表取締役を定めるかどうかもあわせて整理します。

ルート2:取締役の解任(代表取締役も含め地位ごと外す)

取締役の解任は、取締役としての地位そのものを外す手続です。代表取締役は取締役の一種なので、代表取締役であっても取締役の解任が成立すれば、代表取締役の地位も同時に失われます。

原則は株主総会の普通決議で解任できる

取締役の解任は、原則として株主総会の決議で行います。ここで注意したいのは、会社側にとっては「解任自体は株主総会で決められる」一方で、解任に正当な理由がない場合には、会社が損害賠償の問題を抱える可能性がある点です。読者が不当解任を疑う場面では、この「正当な理由」と「損害」の整理が後の争点になります。

例外:特別決議が必要になるケース(累積投票で選ばれた取締役など)

取締役の解任は普通決議が原則ですが、例外として、選任方法などの事情により特別決議が必要になる場合があります。代表取締役に限らず、取締役全般に関わる論点ですが、ここを見落とすと「決議の有効性」そのものが争点になりやすくなります。

代表取締役 解任(解職)の手続きと流れ

代表取締役を外す場面では、「解職(代表権を外す)」か「取締役の解任(地位ごと外す)」かで、必要な決議機関や手順が変わります。

また、同じ株式会社でも、取締役会設置会社かどうか、定款の定め方によって分岐します。ここでは全体像がつかめるように、よくある流れを手順で整理します。個別事案では例外があり得るため、最終的な当てはめは弁護士による確認が必要です。

STEP1:会社の前提を確認する

最初に、次の点を確認します。ここがズレると、その後の決議が無効だと争われやすくなります。

  • 取締役会設置会社か(取締役会があるか)
  • 代表取締役の選び方がどうなっているか(定款、互選、株主総会選定など)
  • 今回外すのは「代表権」なのか「取締役の地位」なのか
  • 外した後の新代表取締役を誰にするか(空席期間を作らない設計)

不当解任された側は、この時点で「会社はどの手続を根拠に外したと言っているか」を確認すると、争点の入口が整理しやすくなります。

STEP2:取締役会または株主総会を準備する

次に、決議を行う会議を準備します。

  • 取締役会で決める場合:取締役会の招集権者、招集通知、議題の設定
  • 株主総会で決める場合:臨時株主総会の開催判断、招集通知、議案の設定、議決権の見込み

不当解任された側の視点では、「招集通知が届いていない」「議題が不自然に曖昧」「短期間で一気に進んだ」といった事情が、手続の適否を疑うきっかけになります。

STEP3:決議を行う

会議当日は、決議が成立する前提条件を満たす必要があります。確認すべきポイントは次のとおりです。

  • 定足数(会議が成立するための出席要件)を満たしているか
  • 議長の選任と進行が適切か
  • 議決要件(普通決議か特別決議か、必要な賛成割合)を満たしているか
  • 利害関係がある者の扱いに問題がないか

会社側は「外す決議」と「新しい代表を選ぶ決議」を同じタイミングで整合させておくと、社内外の混乱を避けやすくなります。反対に、ここがズレると、後から経緯をめぐって争いになりやすい傾向があります。

STEP4:議事録を作成する

決議の後は議事録を作成します。株主総会議事録は会社法318条により作成し、取締役会議事録は会社法369条3項により作成します。議事録は、後日「本当にその決議があったのか」「要件を満たしていたのか」を確認するための中心資料になります。

一般に、次のような情報が欠けるとトラブルの火種になりやすいです。

  • 開催日時、開催場所、出席者、議長
  • 決議事項、賛否の結果(必要な場合は議決権数など)
  • 議事の経過の要点
  • 署名または記名押印等(会社の方式に従う)

不当解任された側は、議事録の有無と内容を確認することで、手続に弱点があるかどうかを見つけやすくなります。

STEP5:新代表取締役を選ぶ

代表者不在の状態が生じると、銀行・取引先対応や社内の決裁が止まり、会社側も不利益を受けます。そのため、外す決議と同時に新代表を選ぶ設計がとられることが多いです。

不当解任された側の視点では、「外す理由」と「新代表の選定」が不自然に結びついていないか(先に結論があり、そのために理由付けしていないか)も確認点になります。

STEP6:代表取締役の変更登記をする

代表取締役の氏名は登記事項であり、代表取締役に変更が生じたときは、原則として2週間以内に変更の登記を申請しなければなりません(会社法915条1項)。登記は対外的に代表者を示す情報になるため、決議と添付書類の整合が求められます。

ここで起きやすいのが、次のような問題です。

  • 登記が急いで進み、本人が事情を把握できないまま既成事実のように扱われる
  • 議事録の不備や署名押印の問題で、後から手続の正当性が争われる
  • 旧代表者が協力しない、印鑑を返さないなど、社内外対応がこじれる

不当解任された側は、「どの決議に基づいて登記がされたのか」を押さえるだけでも、次の打ち手の整理につながります。

STEP7:本人への通知と社内外の権限整理を行う

最後に、社内外の混乱を避けるための対応が行われます。

  • 本人への通知(決議の内容、日付、扱いの明確化)
  • 代表者印、銀行手続、社内システム権限、対外窓口の変更
  • 取引先・金融機関への説明の整合

不当解任の紛争では、通知の文言が「解職なのか解任なのか」「辞任扱いにされていないか」を判断する材料になることがあります。通知書やメールは、削除せず保全しておくことが重要です。

不当な「代表取締役の解任」で争点になるポイント

代表取締役が外された場面で争点になりやすいのは、「何が決まったのか」「どうやって決まったのか」「その決め方や理由に問題がないか」という3つの軸です。会社側からはもっともらしい説明がされることもありますが、通知の文言や議事録、登記の内容を丁寧に確認していくと、論点がズレていたり、手続が粗かったりするケースもあります。

ここでは、代表取締役側が状況を整理する際に押さえておきたい主要なポイントをまとめます。個別事情で結論が変わるため、資料を見ながら冷静に切り分けていくことが重要です。

争点1:「正当な理由」があるか(解任理由の中身)

最初に確認したいのは、会社が掲げる解任理由が「具体的で、根拠があるか」という点です。株主総会の決議で解任が成立していても、正当な理由がないと評価される場合は、会社側に損害賠償の問題が生じる可能性があります。

「業績不振」「方針が合わない」「能力不足」など、言葉としては分かりやすくても、実際に何を根拠にそう判断したのかが示されていないと争いになりやすいところです。会社が説明している理由と、社内で残っている資料(報告書・議案・会議の記録など)がかみ合っているかを確認しましょう。

争点2:手続に問題がないか(取締役会・株主総会の有効性)

次に重要なのが、解任(あるいは解職)に至るまでの手続が適切だったかです。代表取締役を外す話は、取締役会や株主総会の決議が前提になっていることが多いため、招集から議決までの流れに穴があると、決議の有効性が争点になり得ます。

具体的には、招集通知が届いていたか、議題が特定されていたか、定足数や議決要件を満たしていたか、議事録が整っているかなどを確認します。「短期間で急に進んだ」「当日になって知らされた」といった事情がある場合は、特に丁寧に見た方がよいポイントです。

争点3:「解任」なのか「解職」なのか(外された範囲の取り違え)

会社が言う「解任」が、取締役の地位まで外す意味なのか、それとも代表権だけを外す意味なのかは、最初に確定しておく必要があります。ここが曖昧なままだと、必要な決議機関の判断や、金銭面の主張の組み立てがズレてしまいます。

判断の材料になるのは、取締役会議事録・株主総会議事録・通知文・登記簿です。口頭説明ではなく、書面の記載がどうなっているかで整理していきましょう。

争点4:「辞任扱い」にすり替わっていないか(辞任強要の有無)

解任ではなく「本人が辞めた」という形に寄せられている場合は要注意です。辞任は本人の意思が前提になるため、辞任扱いが前提になると、後の主張整理が難しくなることがあります。

辞任届の提出を求められている場合は、提出前に、扱いがどうなるのか(辞任なのか解任なのか)や条件面を整理しておくことが大切です。すでに提出してしまった場合でも、提出に至る経緯(誰が、いつ、どのように求めたか)を時系列で残し、関連するメールやチャットを保全しておきましょう。

争点5:議決要件の取り違え(例外の見落とし)

取締役の解任は普通決議が原則ですが、選任方法などの事情によって例外が問題になる場合があります。頻繁に出てくる論点ではない一方で、ここを見落とすと「決議がそもそも成立しているのか」が争点になり、紛争が長引きやすくなります。

定款、過去の株主総会議事録、取締役の選任経緯などを確認し、例外が関係する可能性がないかを切り分けることが重要です。

争点6:登記・権限切替が先行して「終わった話」に見える状況

代表者変更登記や銀行・社内システムの権限切替が先に進むと、外形上は交代が完了したように見えます。ただ、外形が変わったことと、決議や理由の問題が確定することは別です。

ここで大切なのは、焦って反応するよりも、資料と日付をそろえて経緯を固めることです。どの決議に基づいて登記がされたのか、議事録や通知の内容は整合しているのかを確認し、時系列で整理しておくと、次に取るべき対応が見えやすくなります。

代表取締役の不当解任で検討する損害賠償

代表取締役という立場は、肩書が外れた瞬間に、収入や将来の見通しが大きく変わります。そのため、感情面の話と切り分けて、金銭面の論点を早めに形にしておくことが重要になります。

金銭面の整理で押さえる軸は大きく3つです。

  • 会社が主張する解任理由に「正当性」があるのか
  • 何を「損害」として組み立てるのか(報酬・慰労金・未払い等)
  • その損害を裏付ける資料がそろうのか

この3点を順に並べるだけで、交渉の土台が作りやすくなります。

損害賠償が問題になりやすい場面

取締役の解任は株主総会決議により成立し得ますが(会社法339条1項)、解任に正当な理由がない場合には、会社が損害賠償責任を負う可能性があります(同条2項)。そのため、金銭面の争点は「解任できたか」だけでなく、「正当な理由の有無」と「損害の範囲」に移りやすくなります。

会社が掲げる理由が抽象的だったり、根拠資料が乏しかったりする場合は、解任の正当性が争点になり、そこから損害賠償の話が出てきます。逆に、重大な不正や法令違反など、会社が具体的な事情を示せるケースでは、事実関係の確認と反証が中心になりやすく、金銭面の見通しも変わってきます。

「解任」か「解職」かをまずは整理

金銭面の検討は、出発点が曖昧だと整理が難しくなります。代表取締役の場合、「取締役として解任されたのか」「代表取締役を解職されたにとどまるのか」で前提が変わります。取締役として解任された場合は、正当な理由がない解任について損害賠償が問題になり得ます(会社法339条2項)。

取締役の地位まで外された場合(取締役の解任)

 → 金銭面は「解任に正当性があるか」「任期途中で外されたことによる不利益をどう評価するか」が中心になりやすいです。

代表権だけ外された場合(代表取締役の解職)

 → 取締役として残る余地があるため、報酬や職務の扱い、事実上の排除のされ方など、論点の立て方がケースで変わりやすいです。

ここは、通知文・議事録・登記の記載を揃えて、「何が変わったか」を書面ベースで確定させるのが安全です。

検討対象になりやすい損害の中身

損害の項目は案件によって増減しますが、代表取締役の不当解任でよく整理されるのは次の3類型です。

任期残の報酬相当額

任期の途中で外された場合、残っていた期間に得られたはずの報酬をどう評価するかが中心になりやすいポイントです。特に、役員報酬がどのように決まっていたか(決議・規程・契約・運用)によって、主張の作り方が変わります。

そのため、月額だけで判断せず、「いつの決議で」「どの条件で」「どの期間を前提に」支給されていたのかを整理していくと、見通しを立てやすくなります。

退職慰労金(役員退職金)

退職慰労金が争点になるかどうかは、会社に制度があるか、規程があるか、支給条件がどうなっているかで変わります。「前例として支給されていた」「一定の算定ルールがある」といった事情がある場合は、金銭面の議論に乗りやすくなることがあります。

一方で、支給の決議が必要な設計になっている会社もあるため、「制度がある=当然に支払われる」と早合点しないことが大切です。支給が見込めるかどうかは、規程・議案・過去の運用を合わせて整理していきます。

未払い分の精算(未払報酬・立替金・費用など)

不当解任の話と並行して、未払い報酬、経費、立替金などの精算が問題になることもあります。ここは「解任の正当性」とは別の土俵で整理できるケースも多く、証拠(領収書、稟議、支払履歴)がそろえば、比較的ストレートに主張しやすい項目です。

金額の見通しを立てるために集めたい資料

交渉の場では「言い分」よりも「裏付け資料」が効きます。手元にある範囲でよいので、次の資料を優先的に集めると整理が進みます。

  • 解任(解職)に関する資料:通知文、取締役会議事録、株主総会議事録、招集通知、議案
  • 登記関係:登記簿(履歴事項全部証明書)
  • 報酬関係:報酬決定に関する決議、報酬規程、契約書、振込履歴、明細など
  • 慰労金関係:退職慰労金規程、過去の支給例が分かる資料、議案・議事録(あれば)
  • 精算関係:未払い・立替の証憑(領収書、稟議、請求書、支払履歴など)

資料が揃うほど、「どこを争点にして、どこを落とし所にするか」を冷静に組み立てやすくなります。

注意点:「辞任扱い」への誘導がある場合

会社が「解任ではなく辞任だった」という形に寄せようとすることがあります。辞任は本人の意思が前提なので、辞任扱いが前提になると、後から整理しづらくなる場面があります。

辞任届の提出を求められている場合は、提出前に、扱い(辞任なのか解任なのか)と条件面を整理することが重要です。すでに提出してしまった場合でも、提出に至った経緯(誰が、いつ、どのように求めたか)や、やり取りの記録を時系列で残しておくと、後で状況説明がしやすくなります。

解任後に起きやすいトラブルと代表取締役側の対処

代表取締役の解任(解職)後は、法律論だけでなく「現場の処理」が一気に動きます。ここで後手に回ると、会社側の説明が既成事実のように広まり、交渉もしづらくなります。ポイントは、対立を激化させることではなく、①状況の固定(何が起きたかを時系列で残す)②証拠の確保③外部への影響を最小化、の順で整理することです。

代表取締役変更登記が進む/既に完了している

代表者変更登記が入ると、外形上は「交代が確定した」ように見えます。しかし、登記が先に進んだとしても、「どの決議に基づいて代表者が変わったのか」「手続に問題はないのか」「不当解任として損害があるのか」という争点が自動的に消えるわけではありません。

対処の考え方

  • 登記簿(履歴事項全部証明書)で、代表者の変更日や原因日を確認する
  • その原因日と整合する「取締役会議事録/株主総会議事録」「招集通知」「通知文書」を確保する
  • 「解職なのか解任なのか」「辞任扱いにされていないか」を、通知文言と議事録の記載で照合する

ここを押さえるだけでも、「会社の説明に無理がないか」「争点がどこにあるか」の輪郭が見えてきます。

署名押印や書面作成への協力を求められる

会社側から、議事録や登記関係書類への署名押印を求められることがあります。協力の可否はケースによりますが、重要なのは「何に署名押印を求められているのか」を把握せずに応じないことです。

対処の考え方

  • 署名押印を求められた書面の写しを必ず入手する(目的・用途を確認する)
  • 「解任(解職)理由」「決議の経緯」「辞任扱いの有無」など、不利に固定される記載がないか確認する
  • 交渉中であれば、書面協力を条件交渉の材料にする余地がある(不用意にゼロ回答せず、整理して対応する)

代表者印・銀行・社内システムの権限が止まる

代表権を外された直後は、銀行口座の権限、印鑑、メール・クラウド、稟議システムなどが止まることがあります。ここは感情的に衝突しやすい一方で、やり方を誤ると「トラブルメーカー」扱いされ、信用面で損をすることもあります。

対処の考え方

  • 取引先・金融機関向けに、事実と日付がズレないように説明を統一する
  • 会社資産(印鑑・端末・書類等)の取扱いは、持ち出しや破棄と誤解される行動を避ける
  • 不当解任を争う場合でも、対外的には冷静な説明に徹し、必要なら弁護士を窓口にして負担を減らす

社内資料へのアクセスが遮断され証拠が集められない

不当解任の局面で最も困るのが、「資料が手元にない」状態です。後から必要になりやすいのに、最初の数日でアクセス権が落ちることが珍しくありません。

対処の考え方

  • 会社から届いた通知、メール、チャットは削除せず保全する(スクリーンショットも有効)
  • 役員報酬の決定資料、報酬額が分かるもの(明細・振込履歴等)、退職慰労金規程など、金銭の根拠資料を優先して確保する
  • 「いつ・誰が・何を決めたか」を示す資料(招集通知、議事録、議案、説明資料)を最優先で集める

会社の情報を不適切に持ち出すことは別問題になり得るため、取得方法や保全の仕方は、状況に応じて弁護士に確認しながら進めるのが安全です。

「辞任扱い」「円満退任」へ誘導される

会社が、解任ではなく「辞任」や「円満退任」として処理したがるケースがあります。辞任は本人の意思が前提なので、辞任扱いに寄せられると、後の主張整理が難しくなることがあります。

対処の考え方

  • 辞任届の提出を求められても、すぐに提出しない(提出前に、扱いと条件を整理する)
  • 「辞任の意思がない」「強い圧力があった」などの事情があるなら、やり取りを時系列で残す
  • すでに提出してしまった場合でも、提出に至る経緯(誰が何と言ったか、同席者、メール等)を整理しておく

よくある質問(代表取締役 解任・社長解任)

代表取締役はいつでも解任できますか?

代表取締役を「外す」方法には、代表権だけを外す場合と、取締役の地位ごと外す場合があります。どちらも一定の手続(取締役会や株主総会の決議)が必要で、会社の機関設計や定款の定め方によって分岐します。また、取締役の解任は決議で成立し得る一方で、正当な理由がない場合は、会社側が金銭面の責任(損害賠償)を負う可能性が問題になります。

代表取締役 解任の「正当な理由」とはどういう理由ですか?

「正当な理由」は、会社が掲げる「気に入らない」「方針が合わない」といった主観的な事情だけで足りるとは限りません。一般には、解任を正当化できる客観的な事情があるか、会社の主張する理由が具体的な根拠資料と整合しているか、といった点が焦点になります。そのため、争いになりそうな場合は「理由の中身」だけでなく、「いつ・誰が・どの資料を根拠に、その理由を確定したのか」まで確認することが大切です。

特別決議が必要なのはどんな場合?

取締役の解任は普通決議が原則ですが、選任方法などの事情によっては例外があり得ます。代表取締役だけの話ではなく取締役全般に関わる論点ですが、ここを見落とすと「決議が有効かどうか」そのものが争点になりやすくなります。定款や過去の選任経緯(株主総会議事録など)を確認して、例外がないかを切り分けるのが基本です。

代表取締役変更登記(役員変更登記)が入ったらもう取り返せませんか?

登記が入ると外形上は交代が確定したように見えますが、それだけで争えないとは限りません。重要なのは、登記の前提となった決議や書面が整っているか、解職か解任か、辞任扱いにされていないかといった点です。まずは登記事項証明書(履歴事項全部証明書)で変更日と原因日を確認し、その日付と整合する取締役会議事録または株主総会議事録、招集通知、本人への通知書面を確保して時系列を固めます。

会社と揉めずに金銭解決(和解)できますか?

状況によっては可能です。対立を深めるより、手続や理由の弱点、損害(報酬相当額・退職慰労金等)の整理を材料にして、条件交渉として組み立てた方が、結果として早期に解決しやすいケースもあります。 ただし、辞任扱いへの誘導や、資料の隠匿・改ざんの疑いなどがあると交渉がこじれやすくなるため、早い段階で資料と時系列を固めることが重要です。

不当な解任でお悩みならご相談ください

代表取締役の解任(解職)は、手続の適否、理由の相当性、金銭面(報酬相当額・退職慰労金等)が絡み合いやすく、会社側の説明どおりに受け止めてしまうと不利な整理で固定されることがあります。とくに「解任ではなく辞任として処理されている」「理由が抽象的なまま既成事実化されている」といった状況では、早い段階で論点を切り分けて、主張と資料を整えることが重要です。

当事務所では、役員の不当解任・辞任強制に関する多数の対応経験を踏まえ、状況整理から交渉・紛争対応まで、ケースに応じてサポートします。

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本記事で紹介している内容は、執筆時点の法令や通達等を前提とした一般的な情報提供であり、個別の事件についての法的助言や税務アドバイスではありません。

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